第33話 酷い目にあった

「え」


 情けない声だったと思う。ポケットから飛び出したのか、俺の目の前に現れたキーホルダーが唐突に光り輝いたかと思うと、俺の身体はフワリと宙に浮いた。


 錯覚ではない。重力に従って落下していた俺と、俺に抱きしめられた蛍の身体は、確かに浮いていたのだ。光り輝くキーホルダーの光に包まれて。


「……嘘だろ……」


 あまりにも現実味の無い。いや、いままでの出来事を考えればこんなことが起こってもおかしくない。俺と蛍はそのままゆっくりと地面に着地した。


「……?」


 俺の腕の中で蛍が目を開ける。ずっと目を閉じていたらしく、蛍は涙で潤んだ目で自分を抱きしめている俺のことを見上げた。


「……あれ……?」


「あ、ごめ——大丈夫?」


 慌てて蛍を離し、呆然としている蛍の前でヒラヒラと手を振る。怪我もしていないようで安心した。


「……私、化け物に食べられ……あれ……? 落ちた……はず……?」


 蛍は状況がまったく呑み込めていない様子だ。ふと足元を見ると、キーホルダーが落ちていて、拾い上げた。このキーホルダーは本当に不思議な力を持っている。いつも俺を助けてくれるのは、祖母の形見だからなのか。


「……先輩が、助けてくれたんですか……?」


「え?」


 蛍が俺のことをじっと見つめていた。


「いや、俺っていうか……」


「玉野‼」


 聞こえてきた声に上を向くと、屋上の柵から身を乗り出した樒と美玲が俺たちを見下ろしていた。


「無事⁈」


「無事だ‼」


 答えると、美玲が崩れ落ちたのが見えた。


「早く逃げて‼ ヨナが——」


 樒の姿を隠すように、巨大な蛇の顔が現れる。校舎に巻き付いた化け物は不気味な赤い瞳で俺と蛍を見つめていた。そうだ。ヨナはあいつに呑み込まれて——。


 その時、化け物の身体が爆ぜた。


「⁈」


 校舎に巻き付いた黒い蛇の巨体が尻尾の方から順番に爆ぜて、化け物が苦しげな声を上げながら身をよじる。弾けた身体はザラザラと溶け出し、次第に姿を保てなくなった化け物は、口を開いたまま俺と蛍に向かって落下して来た。ギョッとする俺に、蛍が悲鳴を上げて抱き着いて来る。


 パンッという大きな音とともに、化け物の頭から俺たちの前に現れたのは、ヨナだった。


 呆然と立ち尽くす俺たちの前にヨナが着地する。身体についた黒い靄のようなものは、弾け飛んだ化け物の破片なのか、ヨナが顔をしかめながらそれを払い落した。


「酷い目に合ったわ」


 ヨナが俺を見て怪訝そうな表情を浮かべ、ようやく俺は蛍に抱き着かれたままであることに気が付いた。


「えっと……離れてもらってもいい……?」


 呆然としている蛍に声をかけると、蛍がハッと我に返り素早く俺から離れた。そしてヨナを見て、慌てて俺の後ろに隠れる。


「それを返して」


 ヨナが蛍がつけているブレスレットを指差した。蛍がヨナから守るようにブレスレットを手で隠す。


「い——」


「それを持っていたら、あなたはずっと化け物に襲われるわよ」


 ヨナが俺の後ろに隠れた蛍を追い詰め、蛍が「ぴっ……⁈」と悲鳴を上げながら俺を壁にしてヨナから逃れようとする。俺を挟んで追いかけっこをするのはやめて欲しい……。追いかけっこの末、ついに蛍はヨナに腕を掴まれて、俺の後ろから引きずり出された。


「襲われるのは嫌でしょう」


「あう……」


 ヨナにじっと見つめられた蛍は涙目になりつつも、おずおずとブレスレットを外してヨナに差し出した。渡したくないと顔に書いてあるが、ヨナは容赦なく蛍からブレスレットを受け取り、蛍が「あ……」と悲しそうな声を漏らす。

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