第31話 手紙
「蛍ちゃん、夜に外に出ないみたい」
次の日の昼休み。天体研究部はそれぞれ昼食を持ちより、部室で緊急会議を開いていた。俺は午前中、ふとした瞬間に身体が発光しないか気が気でなかったが、蛍が一定距離に近づかない限り光らないらしい。蛍が二年生の教室にやってきたりしなくてよかった。
「え? 話したの?」
「話したよ。玉野は学校で蛍ちゃんに近づけないでしょう? 私と美玲で一年の教室に行ってきたの」
樒が「ねー」と美玲に言い、美玲がうんうんと頷いた。仲いいな、この二人。
「ちゃんと全部説明したんだよ? でもさぁ……」
「『信じません!』の一点張り。まあ、口で説明されただけじゃ信じられないのもわかるけど……」
「厄介ね」
ヨナがため息をつく。
「なんか疲れてるね、ヨナ。大丈夫?」
「……平気よ」
樒に答えたヨナは見るからに元気がない。プラネタリウムに行ったあとぐらいからヨナは少し元気がない気がする。欠片が見つからないから、というのもあるのだろうが、それだけではなそうに感じるのは気のせいだろうか。
「……チョコ、いる?」
恐る恐る美玲が出して来たチョコレートを「いただくわ」とヨナが受け取った。少しずつだが、距離は縮まってきている……気がする。
「どうするの? 夜太郎。このままじゃ、欠片返ってこないよ」
「うう~ん……俺としても学校でばったり会って身体が光るなんて事態は避けたい……」
「蛍ちゃん、家の門限で日が暮れる前には家に帰るらしいよ。だからいままで化け物に合わなかったんだね」
「あの非現実に遭遇しないと、信じるのは難しいよねぇ……」
美玲が「う~ん……」と頭を抱える。ヨナはどこか心ここにあらずといった様子で美玲から貰ったチョコレートを口の中で溶かしていた。
「だったら夜に呼び出しちゃおう」
「え?」
樒の言葉に思わず聞き返す。
「どうやって?」
「蛍ちゃんは夢見る乙女なんだな」
「なにそれ?」
「蛍ちゃんが拾った石は妖精の石で、それを持っていると王子様が迎えに来てくれるの」
「はぁ?」
思わず気の抜けた声を出すと、樒が苦笑いを浮かべた。
「絵本の話なんだって。怪物に閉じ込められたお姫様を王子様が助けに来てくれるお話。どこまで本気なのかはわからないけど……」
「……だから石を返さないって?」
「そういうこと。でも、それなら呼び出しやすいと思わない?」
「どういうこと?」
「手紙かなんかで夜に呼び出すの。君の王子様ですって」
「ええ……?」
そんなので今どきの女子高校生がのこのことやって来るのか? 俺の疑問に気が付いたのか、美玲が「大丈夫だよ」と答えた。
「あの子……変わってるから」
「なんかね、箱入り娘って感じ。世間知らずな妹って感じがして可愛い子だよ。ちょっとお馬鹿だけど……」
「……夜に呼び出してどうするんだ?」
「聖星石の欠片を持ってるってことは化け物に襲われるでしょう?」
樒が不敵な笑みを浮かべた。
「自分の身に起っちゃえば、嫌でも信じるしかないよ」
その表情に背筋に悪寒が走った。女というのは恐ろしいことを思いつくものだ。
放課後、美玲と樒が手紙を書いて蛍の下駄箱の中に入れて来たというので、日が暮れて化け物が出てくるまで部室で待つ。
「僕は君の王子様です。伝えたいことがあるので夜の学校の屋上に来てくださいって書いといたよ」
「それでほんとに来るのか……?」
「まぁ……来ちゃったらちょっとあれだね……」
罠に嵌めようとしている犯人である樒は言葉を濁しながら苦笑いを浮かべていた。
日が暮れ、外が暗くなり、下校時間を過ぎて部活に行っている生徒もすべて下校して、学校から人がいなくなる。先生たちにバレないよう、電気を消した部室で隠れていた俺たちは、学校から人の気配がなくなったのを見計らって部室から出て屋上に向かった。星守高校の屋上は基本立ち入り禁止だが、多くの生徒は屋上の鍵が都合よく壊れていることを知っている。
学校の屋上に出ると、星が消えた暗い夜空が目に飛び込んでくる。町を見下ろせば、闇に隠れて蠢いている化け物たちの姿も。
「こう見るといっぱいいるねぇ」
樒が屋上の柵から身を乗り出して町を眺めている。落ちてしまわないかハラハラするからやめて欲しい。俺が言う前に美玲が「危ないよ、蝶羽」と樒を止める。
「あの子、来るかな」
「来るとしたら、化け物を引き連れてくるんじゃないかしら」
ずっと黙っていたヨナが口を開いた。樒と美玲が柵から離れて俺たちの元に戻って来る。
「そうなったら、ヨナが助けてくれるんでしょう?」
「あなたたちは襲われないわよ。襲われるのは夜太郎だけ」
その時、俺の身体が光り始めた。ヨナが屋上の入り口の方を見る。
「来たかしら」
ヨナに釣られて屋上の入り口を見ると、屋上へと続く扉が開き、蛍が現れた。俺たちの姿を見て、蛍が「え……?」と困惑の声を上げる。あんな誰が見ても嘘だとしか思えないような手紙に釣られて本当にやって来た蛍に驚く前に、俺たちは蛍の後ろで蠢く大きな影を見て目を見開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます