第30話 既視感

 夏休み間近。校内がワクワクと浮足立つ中、天体研究部の部屋の中は特に変わりを見せず、放課後に集まってすることといえばただの談笑で、ゆるゆると過ごしている。


 他の部活は新入生を獲得しようと、夏前に行われる部活動発表で躍起になって勧誘をしている中、俺たちがしたここと言えば、掲示板にポスターとてきとうな活動報告レポートを張り付けただけで、新しい部員を増やす気などさらさらなかった。


 ヨナと共に聖星石の欠片を探す夜にも慣れてきたが、一向に終わりは見えず、欠片は見つからない。


「なんでこの部活、いままで廃部にならなかったんだろうね」


 ソファーに座り、美玲と談笑していた樒がしごくもっともなことを言った。美玲も「確かに」と頷いている。ヨナはソファーの近くに椅子を持ってきて座り、じっと二人の会話を聞いていた。


「一応、一人だけでも部員がいたし、天体観測とかしてたから」


「いまは活動らしい活動もほとんどしてないしなぁ。天体観測しようにも出来ないし」


「新しい部員が入って来そうな感じもしないしね~。せっかくポスター描いたのに。まあ、いまのままでいいんだけどさ。落ち着くし」


「私も。いまのままでいいかな」


 そう言った美玲に対して樒が「そうだねぇ」と意味深にニヤニヤとしていた。美玲が「別に特別な意味はないからっ!」と顔を赤くして抗議している。


「あ」


 ずっと黙っていたヨナが俺を見て声を上げた。美玲と樒が俺を見てギョッとしている。何事かと思って自分の身体を見ると、光っていた。


「え⁈」


「わあ⁈」


「な、なんで⁈」


 樒と美玲が慌て始める。自分の身体が光っている俺もオロオロとするしかない。近くに聖星石の欠片があるのか?


 その時、慌てふためく俺たちとは対照的にとても冷静で澄ました顔をしていたヨナが唐突に動き出し、部室の扉のドアを開けた。


 扉を開けた先には、呆然と立ち尽くしている女子生徒がいた。


 短く切りそろえられた黒い髪をした、気弱そうな女子だ。制服のスカーフの色で、後輩の新入生だとわかる。その子は唐突に現れたヨナと、その後ろで繰り広げられている異常な光景に目を丸くしていた。


「あなた、聖星石の欠片を持っているわね」


「え?」


 ヨナに問い詰められている後輩をしばらくキョトンと眺め、ハッと気が付く。俺の身体、いま光ってるんだった。


「ちょっと来なさい」


 止める間もなくヨナが後輩を無理やり部室に入らせた。ヨナに手を引かれて入って来た後輩は、煌々と光り輝いている俺の身体を見て、心底ドン引きとでも言うような表情を浮かべて「ひっ……」と小さな悲鳴を上げる。そりゃ、見ず知らずの先輩の身体が光ってる光景見たら、そんな顔するわな。


「な、な、なんなんですかぁ……⁈」


「あー‼ え、えっと、体験入部とかかな⁈」


「夏休み前に来るとか珍しいね⁈」


 可哀想なことに涙目になっている後輩を、慌てた様子で樒と美玲が取り囲んだ。俺のことを見せないようにしたいらしいが、もう手遅れだと思う。


「え、えっと、ちょっと後ろは気にしないで?」


「そうそう! ちょっと光ってるだけだから!」


「いや、無理があるだろ‼」


 思わず声を上げた。隠そうにも、もう隠しようがない。苦笑いしている樒と美玲を押しのけ、可哀想な後輩の前に出た。


「えっと……なんか、ごめんね……」


「い、いえ……その、私……村崎蛍です……い、一年です……」


「お、おお、この状況で自己紹介する勇気すごいな……あのさ、なんか不思議な石みたいなもの拾ったりしてない?」


「石……?」


「ああ、それね」


 ヨナが突然、蛍の腕を掴み、蛍が小さな悲鳴を上げる。蛍の腕にはめられたブレスレットが見え、そのブレスレットに聖星石の欠片がつけられていた。


「……これ、この石。傷つけたりしていないわよね?」


「え? は、はい……」


「よかった。それ、返してくれない?」


「え⁈」


「ヨナ、説明がなさすぎるって。その石なんだけど、それのせいで俺の身体が光ってるんだよね」


「ええ⁈」


 蛍がますますわからないという表情を浮かべる。この説明だとそうなるか……どこから説明したらいいかと考え込む。いや、最初から説明するしかないか。


「ちょっと時間かかるんだけど、説明させてもらっていい?」


「……」


 蛍が黙り込んでしまう。どう説明しようかと頭を悩ませた。星が消えた原因がその意思ですって説明してわかるものだろうか。


「……嫌です」


「え?」


 蛍の小さな声に思わず聞き返す。いま、なんて?


「嫌です‼」


 蛍がヨナの手を振り払い、守るようにブレスレットを隠した。


「よ、よよ、妖精の石は渡しません‼」


「え」


「はっ‼ さ、さては私が王子様と出会う邪魔をしようとしているんですね⁈ そ、そうはいきませんよ‼」


「ちょ、ちょっと待て! 話を……」


 パニックを起こしているのか、蛍が早口で訳の分からないことを言う。手を振り払われたヨナが怪訝そうな顔で蛍を見ていた。マズイ。


「渡しませんから‼」


 蛍が部屋を飛び出して行く。慌てて追いかけようとしたが、後ろから樒に「玉野‼ その状態で外出る気⁈」と叫ばれて踏みとどまった。


「ああ、もう! なんでこうなるかなぁ⁈」


「な、なんか……すごく既視感……」


「私と美玲であの子追いかけるから! 玉野は発光終わるまで部屋にいて!」


「私も行くわ」


「あ、天乃川さんも部屋にいて……‼」


 樒が蛍を追いかけて部屋を飛び出して行き、それに続こうとしたヨナを怯えた様子で止めた美玲が樒を追いかけていった。部屋に残された俺とヨナはしばらく何も言えずに立ち尽くし、お互い目を見合わせてため息をつく。


「どうしていつもこうなるのかしら。すんなり渡してくれたのは蝶羽ぐらいだわ」


「ヨナ……」


「怒る気も湧かない……最近は外で欠片が見つかることもないし……」


 ヨナが心底疲れたという表情でソファーに座る。俺がいない夜もヨナは一人で欠片をさがしているのだろう。


「星守の神子も大変だな……」


「え?」


 ヨナが不思議そうに首を傾げた。変なことを言っただろうか。ヨナがそう言っていたと思うのだけど……?


「ああ、そうね」


 ヨナが思い出したようにそう言ったのが少し気になったが、しばらくして樒と美玲が「あの子、逃げ足早すぎ……‼」と酷く息を切らせて部屋に帰って来た。気が付けば、俺の身体は発光を止めていた。

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