第29話 妖精の石

「蛍は結局部活どうするの?」


「どうしよう~……」


 部活動に憧れはもちろんある。部活の先輩と恋をするなんてとてもロマンチックじゃない? でも、運動は苦手だから運動部は嫌。かといって気になる文化部も無いしなぁ、なんて悩んでいたら、夏がすぐそこまでやって来ていた。


「じゃ、私たち部活あるから」


「また明日ね~」


「うん。バイバイ」


 部活がある友達に手を振って、一人で帰路につく放課後。一人で家に帰るのは少し寂しい。せっかくの高校生活で部活動に入らないのももったいない気がする。


 少しずつ暗くなっていく空を眺めながら、お家に帰る。空から星が消えてしまったとき「世界の終わり」とか「神の思し召し」とか、いろんな人がいうものだから、ああ、世界はこうやって終わっていくんだ、もしかしたら救世主が現れて救ってくれるかもしれない! なんてドキドキワクワクしたのだけど、そんなことはなくて。


 少し時間が経てば、みんな星が消えた夜の世界に慣れてしまって、少し悲しかった。星とか星座とかロマンチックな話が好きなのに、そういうのも一緒に消えていってしまうような気がして。


「いてっ⁈」


 その時、なにかがコツンと頭にぶつかって地面に落ちた。突然のことに驚いて声を上げる癖を治したい……。なにが落ちて来たんだろうと足元を見ると、綺麗な石が落ちていた。


「わぁ……! 綺麗……!」


 夜空のような暗い色に、星屑を散りばめたような綺麗な石。拾い上げて夕日に透かして見ると、キラキラと輝いた。まるで絵本に出て来る妖精の石みたい。


「……もしかしたら、本当に妖精の石かも……⁈」


 どこからともなく落ちてきて、私の目の前に現れた綺麗な石。持っていれば、王子様が迎えに来てくれる魔法の石。肌身は出さず持っていたら、私にも王子様が迎えに来てくれるかもしれない⁈ ドキドキと胸を高鳴らせながら石を持って家に帰った。


 家に帰ってお母さんに相談したら、お母さんが石をブレスレットにしてくれた。これで肌身は出さず持っていられるでしょうって。


 その日の夜、久しぶりに絵本を引っ張り出した。何度も読み返して、もう全部内容を覚えてしまった絵本。可愛らしい絵で描かれる物語にいつもドキドキワクワクと胸を躍らせていた。いつか、こんな恋をするんだと。


 学校にもブレスレットを付けて行って、肌身は出さず持っていた。なくさないように、落とさないように、ずっと大切に持っていた。


「じゃあねぇ、蛍~」


「うん! バイバ~イ」


「ていうか、蛍。部活どうするの? もう夏休みだよ?」


「うう~ん……運動部は帰りが遅くなっちゃうでしょ? お母さんが心配するから……」


「ああ、そっか。蛍の家って門限あるんだっけ?」


「うん。日が暮れる前には帰りたいなぁ」


「早くない⁈ 放課後なにも出来ないじゃん!」


「そう?」


 放課後にすることってなんだろう……。放課後、部活に行く友達を見送って、しばらく教室でぼーっとしていた。今日も何も起こらなかったなぁ、なんて寂しいことを思いながら窓の外で夕日を眺める。日が暮れる前に帰らなきゃ。


 教室から出て、一階の下足にたどり着く。ふと、部活動の勧誘ポスターが貼られた掲示板が目に入った。こう見ると、この学校っていろんな部活があるんだなぁと色とりどりなポスターを眺めていると、一つだけ、他の部活のポスターに隠れるように、掲示板の隅の方に貼られたポスターに気が付いた。


「天体研究……?」


 部員を獲得しようというやる気が感じられる他のポスターとは違って、とてもシンプルでやる気がなさそうなポスターだ。こんな部活あったんだ。


「天体観測とかするのかな……? あれ? でも、いまそれも出来ないよね……?」


 どんなことをするんだろう。好奇心と少しの怖いもの見たさでドキドキする。私が寂しいなって思いながら眺めていた、星が消えてしまった夜空を、同じように寂しさにかられながら見つめていた人たちがいたのかもしれない。それって、とても素敵だ。


「……部室、どこだろう……」


 妖精の石を拾って、何かが起こるかもしれないってドキドキしていたのに、結局なにも起こらなかった今日。待っているだけじゃなにも始まらないのかも。それこそ、自分で掴み取りに行くぐらいの気持ちじゃないと。少なくとも、今日は。


 ポスターに書かれていた部室の場所は、新入生の私がまだいったこともないような、学校の端っこの角部屋だった。生徒の気配がしなくて、とても静かだ。静かな放課後の廊下で一人で歩いていると、なんだか後ろめたいことをしているわけでもないのにドキドキした。


 部室の前にたどり着いて、扉の前で深呼吸する。いったいどんな人たちがいるんだろう。酷いあがり症の私は、初めて会う先輩とちゃんと話せるのかな。


 その時、ガラリと扉が開いた。


「……」


 呆然と扉を開けた人を見る。言葉を失うぐらい綺麗な女の人だった。制服のスカーフの色で先輩だとわかる。


「あなた、聖星石の欠片を持っているわね」


「え?」


 聞き慣れない単語に思わず聞き返した。なに? それ。というか、こんな綺麗な人が先輩なの? 綺麗な女の先輩の後ろの部屋の中に、他の先輩の姿が見える。女の先輩が二人と、男の先輩が一人。なんだか大慌てで騒いでいて、女の先輩たちに囲まれた男の先輩の身体が光っていた。


 光っていた?


「ちょっと来なさい」


「え、えええ⁈」


 目の前の先輩に手を掴まれる。そのまま手を引かれて部室の中に入ってしまった。

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