第27話 永遠に
プラネタリウムが終わり、みんなで外に出て見つけたアイスの自販機でアイスを買った。昼過ぎから集まっていたので、すでに夕暮れが近い。
「さっき見た星空が今は見えないと思うとちょっと悲しいね」
「さっき見たのも偽物の星空だしね」
樒と美玲がアイスを食べながら言う。ヨナは自販機でアイスを買うのが初めてだったらしく、物珍しそうにアイスを見つめていた。
「ヨナ、溶けるよ」
樒に促され、ヨナがアイスを食べる。一言「おいしいわ」と言って、少し目を輝かせていた。基本的に甘いものが好きなんだな。なんて思いながら、自分も買ったアイスを口に運ぶ。冷たい。
「レポートどうする~?」
「夏の星座についてでも書くかな」
みんなで話しながら駅に向かい、電車に乗って星守町に戻る。いまは見えない星に思いをはせながら話すのがなんだか可笑しくて、少し寂しかった。夕暮れの向こうからやって来る夜に星の輝きはない。
「なんかようやく部活動っぽいことした気がする」
電車から降りて呟くと、美玲が嬉しそうに「うん」と笑った。
「また、行きたいね」
「別に部活動としてじゃなくてさ、普通に遊ぼうよ。もう少しで夏休みだし」
樒が美玲に「ね?」と笑いかける。美玲はなぜか顔を赤くして「べ、別にいいけど……」と口ごもっていた。
「じゃあ、また明日」
樒と美玲が手を振って去っていく。俺も帰るか、と歩き出して、後ろから聞こえた足音に振り返ると、ヨナが付いてきていた。
「……ヨナって、家こっちなの?」
そういえば、ヨナの家がどこか知らない。問いかけると、ヨナは「いいえ」と首を横に振った。
「じゃあ、なぜ……」
「そろそろ夜が来るわ。化け物が現れるかもしれないでしょう」
ヨナの言葉に納得する。ヨナは俺の身を案じてくれたのか。
「ありがとう」
「……行きたいところがあるのだけど」
「え?」
「いいかしら?」
「いいけど……どこ?」
「行けばわかるわ」
ヨナが歩き出し、その背中を追う。夕日が傾いた空の端から、夜が顔を覗かせていた。夜の闇と共に化け物がやって来る。
ヨナが向かった先は、俺とヨナが最初に出会った天文台だった。天文台というか、ただの廃墟だけど。
「ここ?」
「ええ」
ヨナが天文台の中に入っていく。それを追って中に入った。相変わらずどこを見てもボロボロだ。外はすでに暗い。ヨナの白い肌が薄暗がりの中、ぼんやりと浮かび上がっていた。
「星が消えた夜は静かでいいわね」
ヨナが空を見上げながら言う。その言葉が少し引っかかった。ヨナは星を元に戻すために聖星石の欠片を集めているのに?
「聞こえてくるのは化け物たちの歌だけ」
「歌?」
「化け物たちは夜の闇に隠れながら、自分たちに気が付いてほしくて歌っているのよ。聞こえないかしら?」
「聞こえないな……」
「そう……でしょうね」
なぜだろう。今日のヨナは少し様子がおかしい気がする。寂しげで儚げな表情も、手を伸ばせば消えてしまいそうな雰囲気も。
「見つけて欲しいだけなのに」
「え?」
「なんにもないわ。ねえ、夜太郎。あなた、優しいわね」
「……どうしたの?」
ヨナがふっと微笑む。その笑顔がとても寂しそうで、心がザワザワとうるさい。
「踊りは好き?」
「え?」
「踊りよ」
ヨナが俺の手を取る。手を引かれ、ヨナに引き寄せられた。
「ちょ、ちょっと……⁈」
「不思議ね。踊り方なんて知らないのに、なぜか踊れるような気がするの」
「わっ⁈」
足がもつれて後ろ向きに転ぶ。俺と手を繋いでいたヨナが巻き込まれて俺の上に倒れて来た。
「いたた……」
目を開けると、目の前にヨナの顔があった。一瞬、キョトンとした表情を浮かべたかと思うと、クスクスと笑い出す。
「この時間が永遠に続けばいいのにって、思うことない?」
ヨナの言葉に心臓がドキリと跳ねる。バクバクとうるさい心臓の音が、ヨナに聞こえてしまわないか心配だった。
「……ヨナ?」
倒れたまま動かないヨナに呼びかける。ヨナの身体は酷く冷たくて、夏の夜のじんわりとした暑さを忘れてしまいそうだった。ヨナが俺の胸元に頬をすり寄せてくる。
「もう少しだけ、こうさせていて」
触れたら消えてしまいそうで、なにも言えずにじっとしていた。ヨナの顔を見ることも出来ず、ただ上を見て真っ暗な空を見つめる。どこまでも闇が続く空は、ヨナが言う通り、酷く静かで心地よかった。
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