第26話 夏の大三角形
日曜日、みんなと昼過ぎに現地集合で待ち合わせ、俺はプラネタリウムに行くために電車に揺られていた。町に着くまでざっと一時間。田舎町である星守町よりは少し都会に位置する町だ。
電車を降りて駅から出る。現地集合だから、ここから歩いてプラネタリウムまで行かねばと、スマホでマップを出そうとした。
「夜太郎」
聞こえた声に振り返ると、ヨナがいた。黒いワンピースを身に着け、黒い日傘をさしている。白い肌が黒色によく映えていて、夏本番とは言わずとも、暑さが肌に纏わりつくような気候の中、ヨナの周りだけがとても涼しげだった。
「あれ? 現地集合じゃなかった?」
「……道が、わからなくて」
「え?」
「待っていたの。誰か来ないか」
「連絡してくれれば……」
そこまで言って気が付いた。そういえば、俺はヨナの連絡先を知らない。そもそも、ヨナがスマホを持っているのを見たことがない。
「……ヨナって、スマホ持ってる?」
「スマホってなに?」
本当に知らないというような顔で首を傾げる。思わず呆然とした。あまりにも世間知らず過ぎないか? 現代の若者がスマホを知らないって……。
「……連れて行ってくれる?」
「え? あ、うん。一緒に行こう」
「ありがとう」
ヨナがふっと微笑んだ。その表情にドキリとする。頬の熱さを夏が近づく暑さのせいにして、ヨナと並んで歩いた。ヨナはキョロキョロとあたりを見渡しては興味深そうにしていて、そう言えば、ずっと入院していたんだよなぁとしみじみと思う。知らないものの方が多いのだろうか。
そんなことを考えていると、プラネタリウムまでたどり着いた。とてもこじんまりした建物だ。
「あ」
「あれ? 二人で来たの?」
入り口付近で樒と美玲が待っていた。樒は半袖の白いTシャツに青色のロングスカートというシンプルな服装で、美玲は黄色いキャミソールに黒いミニスカートという少し露出が多めな恰好だった。ヨナと並んで歩いてきた俺を見て、美玲が一瞬表情を曇らせたように見えたのは気のせいだろうか。
「駅でたまたま会って」
「ああ、なるほどね。駅集合の方がよかったかな。じゃ、行こうか」
受付でチケットを買い、中に入る。俺たち以外の客はおらず、ガラガラだった。
「ガラガラだな……」
「星が消えちゃったんだから、もっとお客さんいるかと思ってた」
美玲の隣の席に座った樒が言う。俺たち以外の客がいない部屋の中で、俺たちは一番よく見えそうな席を探した後、俺を挟んでヨナと美玲が座り、美玲の隣に樒が座った。なぜ、俺は美玲とヨナに挟まれたのだろう……端に行こうと思ったのに。
「空を見る習慣がある人はそうそういないわ」
俺の隣でヨナが言った。その声色が少し寂しげに聞こえたのはなぜだろう。
「空から星が消えたことに気が付かない人だっているかもしれない」
「……そう……かな」
「現に、空から星が消えてもあなたたちの生活はなにも変わらなかったでしょう。なにも、変わらないのよ。寂しいぐらいに」
その時、開演を告げるブザーが鳴り響き、ヨナが天井を見上げた。それに釣られて俺も天井を見る。星空の投影が始まって、俺たちが見上げる天井に、無数の星が映し出された。心地いい音楽と共に、解説の声が聞こえる。
「夏に見える三角形は夏の大三角形。デネブ、アルタイル、ベガによって構成される大きな三角形です。デネブは……」
解説の声を聞きながら、ふと、隣のヨナを見た。ヨナはじっと天井を見つめていて、ヨナの瞳に映る無数の星々は、それが作り出された偽物の光だとわかっていても、とてもとても美しくて、思わず見とれてしまう。ああ、綺麗だな、と。
星空を見上げるヨナの頬を伝った一筋の涙の意味を俺は知らない。
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