第23話 一触即発

 次の日、美玲は学校に来なかった。昨夜、あんなことがあったら家から出たくもなくなるだろう。もし、美玲が学校に欠片を持ってきたら自分の身体が光り輝いてしまうことに気が付き、朝、教室でヒヤヒヤしていた俺からしてみれば、助かったという心持だったが、ヨナは美玲が学校に来なかったことで不機嫌だった。


「取り返そうと思ってたのに」


 放課後の部室でその台詞を聞いて、まさか教室で取り返すつもりだったのかとギョッとしてヨナを見ると「なに?」と平然とした顔で返された。


「他の欠片を探そうかしら。持っていてくれるのなら、場所はわかっているわけだし……」


「あ、あのぉ……ヨナさん……」


「なに?」


「た、高いです……」


 夜、ヨナに呼び出された俺は、近所の家の屋根の上につれていかれていた。高いところからの方があたりが見渡せるということなのだろうが、あまり高いところが得意でない俺の足は竦んでいる。屋根の上から見る町の景色は明かりが少なく、寂しげだ。


「高いところは苦手?」


「それなりに……」


 廃ビルの時と同様に、先に屋根に上ったヨナの影によって引き上げられ、心臓が止まるかと思った。


「あれ」


 バクバクとうるさい心臓を沈めようと深呼吸をした時、ヨナが向こうを指差した。その指先を追いかける。


 ヨナが指さした先で、大量の化け物がなにかに群がっていた。それは、春休み中にヨナと欠片探しをした時にも見た光景だ。聖星石の欠片が化け物に見つかると、それに大量の化け物が群がる。


「行くわよ」


「え、ちょっとま——」


 言い終わる前に影が俺の身体に巻き付き、屋根を伝って飛んでいくヨナにつれられ、俺の身体は宙に浮いた。


「ぎゃあああっ‼」


「うるさいわよ」


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ‼」


「死なないわ。死なせないから」


 そのまましばらく雑にヨナに引きずりまわされ、ヨナは化け物が群がっている場所までたどり着くと屋根から飛び降りた。商店街の近くの住宅街に通る広めの道に華麗に着地したヨナとは対照的に、俺は地面に叩きつけられるように着地して「いてぇっ⁉」と情けない声を上げる。


「た、頼むから優しく……」


 自分の身体が光っていることに気が付き、ハッと前を見た。ヨナと俺の唐突な登場に驚いたのか、一瞬動きを止めた化け物たちがいまにも襲い掛かろうとしていたのは、化け物たちの中心で小さくなってうずくまっている美玲だ。


「かんな——」


 言い終わる前に俺の横に立っていたヨナが素早く走り出し、風が俺の髪を巻き上げる。ヨナのスカートから飛び出した影は、美玲を取り囲んでいた化け物たちをあっという間に薙ぎ払った。切り裂かれた化け物たちが悲鳴を上げながら夜の闇に消えていく。


 化け物たちに怯え、小さくうずくまっていた美玲が恐る恐る顔を上げ、ヨナの姿を見てギョッと目を見開いた。慌てて駆け寄る。


「け、怪我無いか⁈」


「……」


 美玲が呆然と俺を見つめている。部屋着のまま外に出たのか、Tシャツ一枚に短パンという薄着で、いつもはツインテールにしている髪も下ろしたままだ。手を差し伸べると、美玲は俺の手を借りて立ち上がった。化け物から逃げているときに転んだのか、膝小僧をすりむいている。


「なんで外に……」


「……欠片……」


「欠片?」


「欠片……持ってたら、暗くなってから化け物が家の外から部屋を覗くの……こ、怖くなって……夜太郎に……会いたくて……」


 美玲はいまにも泣き出しそうだ。外に出た方が危険に晒されるだろうに……。


「なあ、神奈木。わかっただろ? 聖星石の欠片持ってていいことなんてなにもない。返してくれないか?」


 美玲がキュッと唇を噛む。ここまで怖い思いをしておきながら、服のポケットに入っているのであろう聖星石の欠片を渡してくれないのはなぜ?


「……やだ」


「いい加減になさい」


 身体の芯が凍り付きそうなほど冷たい声に、背筋に悪寒が走った。恐る恐る振り返る。酷く冷たい目でヨナが俺を見ていた。いや、俺の後ろで青冷めている美玲を見ていた。


「あなたがそれを持っていても、なんの意味もない」


 次の瞬間、ヨナのスカートからドッと影が飛び出した。美玲が「ひっ……⁈」と声を漏らす。俺は声すら出せなかった。


「それでも嫌だと言うのなら、一度化け物に食われてしまえばいいわ。そうしたら、その化け物から欠片を取り出すもの。それも嫌なら、私に食われて頂戴?」


「よ、ヨナ‼ 待て‼ 待ってくれ‼」


 ヨナの背後で大きな口のように変形し、いまにも襲い掛かりそうな巨大な影に、思わず声を上げた。ずっと近くでヨナが化け物たちをなぎ倒すのを見て来たのだ。あんなのに襲われたらひとたまりもない。


「俺が言う‼ 俺が説得するから‼ 欠片を返してもらえばいいだけだろ⁈」


「……」


 ヨナがじっと俺を見る。美玲の方を見ると、美玲はヨナに怯え、カタカタと震えながら青冷めていた。両手に聖星石の欠片を握りしめている。


「神奈木。それを俺に渡してくれ」


「や、やだ……」


 美玲が一歩後ろに後退りながら言う。俺の背後でズルリとヨナの影が動く音がした。マズイ。


「神奈木‼」


「だって、だって……」


 美玲が首を横に振りながら後ろに下がっていく。無理やりにでも欠片を奪い取るべきだ、と手を美玲に手を伸ばした。


「夜太郎と一緒にいたいんだもんっ‼」


「は?」


 予想外の言葉に思わず動きを止めた。俺?

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