第22話 やだ

「……夜太郎……?」


 座り込んだままの美玲が涙目で俺を見つめていた。ヨナがゆっくりとこちらに歩いてきている足音が聞こえる。


「大丈夫か、神奈木。怪我とか無いか?」


 しゃがみ込み、美玲と目線を合わせる。美玲は呆然としていて、まったく事態を飲み込めていない様子だった。当たり前だろう。


「えっと……」


「あなた、聖星石の欠片を持っているでしょう」


 いつの間にかに真後ろにいたヨナが、立ったまま俺たちを見下ろす形で問いかけた。


「欠片……? なんで、夜太郎光ってるの……?」


「あ……」


 そういえば、さっきからずっと光りっぱなしだったな。ということは、美玲が欠片を持っているのは確実か。


「えっと……俺が説明する感じ?」


「もちろん」


 平然と答えたヨナに小さくため息をつきつつ、困惑しきっている美玲にわかりやすく、簡潔に経緯を説明する。しばらく呆然としていた美玲に何度か同じ説明を繰り返すと、ようやく落ち着きを取り戻し始めた。


「……欠片ってこれのこと?」


 美玲がポケットから取り出したのは、聖星石の欠片だった。思わず「そう!」と頷く。気が付くと、ヨナは近くの店の閉じられたシャッターにもたれかかって俺たちの話が終わるのを待っていた。


「それ、返してくれないか」


「……これ、持ってると化け物に襲われるから?」


「それもそうだけど……とりあえず、俺の身体の発光は収まるかな」


「……やだ」


「え?」


 聞き間違いかと思って聞き返す。美玲はもう一度繰り返した。


「やだ」


「え、え? なんで?」


「なんでも!」


 美玲がギュッと欠片を握りしめる。な、なぜ? 欠片をずっと持っていると危険だと、伝えたはずだ。それなのに、美玲は欠片を手離そうとしない。


「ちょ、ちょっと待て、神奈木。落ち着いて考えよう? それ持ってると、毎夜化け物に襲われるんだぞ?」


「なにをやっているの?」


 いつの間にか背後に立っていたヨナが怪訝そうに美玲を見下ろしていた。美玲が身構え、欠片を握りしめる。


「あなた、それを返しなさい。聖星石の欠片はあなたが持つべきものじゃないわ」


「や、やだ」


「化け物に食い殺されたいの?」


「……じゃあ、夜太郎が守って」


「へ?」


 美玲の突拍子もない言葉に間抜けな声が出る。困惑していると美玲が欠片をスカートのポケットに入れてしまった。


「あ、ちょっと……!」


「化け物に襲われるんだったら、夜太郎が守ってくれればいいじゃない」


「そういう話じゃ……」


「あなたね……」


「わー‼ ヨナもちょっと待て‼」


 殺気立ったヨナを慌てて止める。ヨナはとても不機嫌そうに「なんとかしろ」とでも言いたげに、チラリと美玲を見てから俺をじっと見つめた。


「か、返すもなにも、もともとあなたたちのモノじゃないんじゃない。拾ったのは私なんだから、持っていてもいいでしょ」


「神奈木……」


「絶対返さないから‼」


 美玲がキッと俺を睨みつける。意思は固そうだ。思わず大きなため息をついた。ヨナがイライラしているのを背中で感じる。


「……とりあえず……家まで送るよ……」


 ここで押し問答をしても埒が明かなそうだと、美玲に手を差し伸べる。なんだか意固地になっているようだし、一日考えてくれれば頭も冷えるんじゃないか……?


「……」


「神奈木?」


「……腰、抜けた」


「え?」


「腰抜けたから、立てない」


 腰が抜けて立ち上がれない美玲を背負い、夜の町を歩く。ヨナは俺たちから少し離れて、後ろから付いてきていた。美玲が欠片を持っているせいで、俺の胸元は煌々と光り輝いている。人がいないことを切に願った。


 背中に美玲の体温を感じる。小柄なのは昔と変わらず、美玲は驚くほど軽い。背中に当たる柔らかさに気が付かないフリをしながら、先ほどから一言も発しない美玲に、なにか声をかけるべきかと悶々と考えた。


「……夜太郎と天乃川さんって付き合ってるの?」


「は⁈」


 思わず美玲を落としかけ、美玲が小さく悲鳴を上げて「落とさないでよ⁈」と叫ぶ。


「な、なんで?」


「……だって」


 美玲が黙り込む。それで思い出した。そういえば美玲は、部室で俺がヨナを押し倒した事故現場を目撃していたのだった。


「ああ、えっと……あれは事故」


「事故?」


「そう、事故。付き合ってないし、ただなんというか……俺が色々巻き込まれてるだけ」


「……ふうん」


「ていうか、本当に欠片返さないつもり?」


「うん」


 即答された。ため息をつきたくなる。


「……気が変わったら返してね……?」


「……」


 そこは返事して欲しい。久しぶりに話した幼馴染はなにを考えているのかわからない。しばらくすると美玲の家が見えて来た。ここに来るのも何年ぶりだろう。


「立てる?」


「……うん」


 美玲を背中から降ろす。


「じゃあ、えっと……また学校で」


「……うん」


 美玲が家の玄関の前で立ち止まり、振り返った。そのままなにも言わずうつむいて、中に入ろうともしない。どうしたのだろうと見ていると、美玲が顔を上げた。


「あ、あのね、夜太郎……」


「なに?」


 美玲はなにかを口にしようとして、結局なにも言わなかった。


「な、なにもない。また、学校で」


 そう言うと、俺に背を向けて家の中に入っていく。美玲の姿が見えなくなった瞬間、ドッと疲労が襲った。ここまで人ひとり背負って歩いたという体力的な疲労と、これからどうしようかという精神的な疲労……。


「どうするの? 聖星石の欠片」


 後ろでずっと見ていたヨナが口を開いた。


「どうしましょう……」


「場所はわかっているのだから、取り返そうと思えば取り返せるわ」


「……それは、力づくでってこと……?」


「必要であれば。今日の所は帰りましょう」


 歩き出したヨナの後を追う。美玲の家から離れるにつれ、俺の胸元の光は徐々に弱くなり、次第に消えた。スタスタと歩いていくヨナを追いながら、この人なら本当に力づくでやりかねないなと思う。ヨナが美玲に危害を加える前に、美玲を説得しなければ……。

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