第18話 後悔

 陽キャというのは情報通なもので、天体研究部のことを友達に聞いてみると、どうやら部室は学校の奥にある角部屋らしいということを教えてもらった。結局、今日は一日夜太郎に声をかけられず、悶々と嫌な予感が胸をざわつかせる一日だった。


 部室にいって何になるかは知らない。ただ、何もしないで今日が終わるのは嫌。だって、決めたんだもの。


 角部屋にたどり着く。大きく深呼吸して、意を決して扉を開けた。


 部屋の中には夜太郎と、天乃川ヨナがいた。天乃川ヨナを押し倒している夜太郎と、その上に覆いかぶさるようにして落ちている大きな星図盤。扉が開いた音にギョッとした様子で夜太郎がこちらを見る。


「……かん……なぎ?」


 目を丸くして言った夜太郎に対してなにか答える前に、逃げ出すようにその場を去った。美玲って呼んでくれないんだって、そんなこと考えながら、こぼれそうになる涙を堪えた。途中で女の子とすれ違った気がしたけど、気にする余裕がなくて。

嫌な予感は当たるもの。私が涙を流すのも、なんだか間違っている気がするけど、でも、ようやく一歩を踏み出しかけた時にはもう遅い。


 可愛くなったよ。振り向いてほしくて。あなたのために頑張ったの。いつまでも、いつまでも小さい頃の約束を思い続けているなんて、子供っぽいってわかってたけど。


 きっと、もう、忘れられていただろうけど。


「美玲~!」


 下足に向かって歩いていたら、クラスメイトのギャルたちに声をかけられた。こぼれそうになった涙を抑える。


「カラオケ、行こうぜ~」


「二年生になったお祝い!」


 心を躍らせていたはずの二年生。鉛を呑み込んだように身体が重い。


「うん。行く」


「よっしゃ! 行こ!」


「待って。教室にスマホ忘れた」


「ええ? しゃーないなぁ。校門で待ってるからー」


 ギャルたちに背中を向けて、教室に向かう。頬を伝った涙を拭った。泣くな。泣くな。弱虫はやめたんだ。自信を持とうって。


 ポケットの中のスマホの重みを感じながら、とりあえず教室に向かって歩いていた時、足元に落ちていたなにかを蹴った。驚いて見てみると、それは綺麗な石の欠片だった。深い青色に星屑を散りばめたような不思議な欠片だ。


 綺麗だなと拾い上げて我に返った。スマホはポケットの中にあるんだから、わざわざ教室に戻る必要なんかない。涙も引っ込んだし、早くギャルたちに追いついてカラオケに行こう。


 全部、忘れられたら楽なんだろうけど、そうもいかないのは、思い続けた時間が長すぎるから。


 カラオケ大会は遅くまで続いた。外に出た頃にはもう真っ暗で、ヘトヘトのなりながらギャルたちに手を振って別れる。いつまで経ってもあの騒がしいノリについていけないのは、元の性格が明るい方じゃないからだってわかってる。


 ドッと押し寄せる疲労で重たい足を引きずって、ああ、これからどうしようと、思い出したくないことを思い出した。なにも伝えないで終わるのは嫌。でも、伝える勇気も湧いてこない。私はいつまでも臆病だから。


 町の商店街に出る。シャッターが閉ざされた商店街は人ひとりいなくて、とても静かだ。星が消えた夜空はあまりにも暗くて、それを見るだけで気分が重たくなった。私の家は商店街を抜けた所にある。灯りひとつ付いていない夜の商店街を歩いていくと、自分の足音だけがシャッターに反響して響いた。


 別に、いつもと変わらない帰り道だった。夜遅くなることなんてよくあること。けれど、今日だけはなぜかどこか違っていて、足取りが重たかった。これは、失恋の重みだろうか。


 その時、私のすぐそばを大きな黒い影が通り抜けていった。


「え?」


 強風が私の髪を巻き上げる。理解が追いつかなくて、影を目で追って振り返った。


 商店街の入り口に、大きな黒いカラスみたいなのがいる。闇を集めたみたいな真っ黒な身体で、光る目がじっと私を見つめている。その大きさがおかしい。私の身長をゆうに超えていた。


「……なに……」


 おかしい。おかしいでしょ。こんなの現実じゃない。悪い夢だ。目の前にいるのが化け物だなんて。


「ギャア」


 化け物が不気味な声で鳴いた瞬間、走り出した。後ろで大きな翼の音が聞こえる。なにあれ。なにあれ⁈ 星が消えた夜の世界は、あんなものが徘徊してるの? バサバサとうるさい音がすぐそこまで迫っていて、思わず後ろを見た。


 大きなカラスが嘴を開けて、真後ろまで迫っていた。


「きゃあ⁈」


 驚きでその場で転んだ。私の頭上で翼の音が聞こえて、大きな影が私を超えていく。ハッとして前を見ると、カラスは私の前に降り立って、じっと私を見つめていた。


「ひっ……‼」


 立ち上がって逃げようにも腰が抜けて立ち上がれない。カラスが一歩ずつ私に近づいて来る。その姿があまりにもおぞましくて、立ち上がれないまま後退った。


 こんなことなら、もっと早く伝えておけばよかった。何も考えないで、ただ、あなたのことが大好きなんだって。誰よりも好きなんだって。この気持ちなら誰にも負けないって。


 いま、目の前にいてくれたら、今まで生きて来た人生の中で一番の勇気を振り絞って、あなたに伝えられるのに。


 ギュッと目を閉ざした。そうしたら、悪い夢が覚めてくれると思ったから。


「美玲‼」


 だから、なにが起こったのかわからなかった。気が付いたら私のことを夜太郎が抱きしめていて、その温かさだけが、これが現実なのだとわからせた。

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