第17話 嫌な予感

 夜太郎が地元の高校に通うことを知ったとき、同じ高校に行くことに決めた。私の思いを知っている親には「もう諦めたら? あなた、人一倍臆病なんだから」と言われたけど、どうしても諦められなかった。


 だって、大好きなの。星を見て、目を輝かせていた表情が。私の手を引いて歩いてくれたあの笑顔が。


 臆病な性格をどうしたら治せるだろう。追いかけて高校に行っても、声をかけられなかったら意味がない。だから、見た目を変えようと思った。


 度の強い、分厚いレンズの眼鏡をコンタクトに変えて、髪の色を染めて、メイクの勉強をして。鏡に映る自分の姿が変わっていくのが嬉しくて、それと一緒に自分に自信がついていくように感じた。


 毎朝、毎朝、鏡に映る自分を見て「大丈夫。今日も可愛い」と心の中で何度も唱える。今日はメイクのりが良かったし、髪も上手く結べた。だから、大丈夫。


 高校一年生では夜太郎と同じクラスになれなかった。隣のクラスにいるのは知っていたけど、隣のクラスにいってまで声をかけるのはどうしても気が引けてしまって。


「新作のリップまじで良くない?」


「せんせーにスカート折りすぎって言われた」


「クソだる」


 気が付けば、私の周りにいる友達はクラスカースト上位のギャルばかりになっていた。自分の見た目が派手になればなるほど周りも派手になる。周りに合わせて話を合わせ、笑う。目立たない男子たちは私たちを怖がって、陽キャの男子は馴れ馴れしく私に声をかけてくる。


 私がこの見た目になったのは、あなたたちのためじゃない。


 とても退屈な一年だった。だから、二年生こそはと神頼みに神頼みを重ねて、二年生で同じクラスになれたのだ。明日から、新しいクラスで新しい教室で高校二年生の一年が始まる。


 その教室には夜太郎がいる。


 楽しみで眠れない夜を明かし、寝坊しかけて大慌てで飛び起きて、どうしてこういう時に限って寝坊するかな⁈ と苛立ちながらメイクを済ませて、鏡の前で深呼吸した。


 大丈夫。今日も可愛い。だから、今日は、今日こそは、声をかけるんだ。一言めはきっと「久しぶり」。それしか言えないかもしれない。それしか出てこないかも。でも、その一言で前に進める気がした。


 家を飛び出して、学校に着く。新しい教室に入ると、一年の時に仲良くなって、二年生も同じクラスだったギャルたちが「美玲、おはよ~」と手を振った。「おはよ」と答えつつ、自分の席に行きながら、バレないように夜太郎を探す。


 夜太郎は窓際の席にいた。


 その姿を見て、なにも変わっていないなと笑いそうになった。夜更かしして星を見に行くから、一向に消えない目の下のクマを眼鏡の下に隠している。影が薄くて、大人しく、教室の隅で本を読んでいる男の子。


 声をかけようとした時だった。教室が騒めいて、私の足は止まってしまった。


「天乃川ヨナだ……」


 誰かが呟いたのが聞こえた。教室に入って来た瞬間、クラスの注目を一斉に浴びたのは、とても綺麗な女の子。注目を浴びても平然としているその子は確か、一年生の冬に学校に復帰したという、天乃川ヨナという子だ。とんでもない美人が現れたと、学校中で噂になった。


 同じクラスだったんだ。夜太郎にばかり気を取られて、全然気にしてなかった。


 天乃川ヨナはクラスの注目を浴びながら教室の中に入って来た。そのまま自分の席に行くのかなって思わず目で追いかけていたら、違った。


 天乃川ヨナは夜太郎の席の前で立ち止まった。


「おはよう」


「え、ああ。おはよう」


 少し戸惑った様子で答えた夜太郎に、なぜか少しだけ満足そうな表情を浮かべると、天乃川ヨナは自分の席についた。クラス中が呆然としていた。


 なに、いまの? なんで、なんで天乃川ヨナと夜太郎がちょっと親しげに話してるの?


「おーい。美玲」


「いつまでぼうっとしてんの?」


 ギャルたちに声をかけられて我に返る。


「びっくりしたね」


「……あの二人、どういう関係……?」


「一年のときも仲良かったんじゃなかったっけ」


「あれでしょ。ほら、天体研究部」


「天体研究部?」


「そうそう。とっくの昔になくなったと思ってた文化部。天乃川さん、それに入ったらしいよ」


「それでぇ、あの……名前なんだっけ。あの男子も天体研究部らしい?」


「なんでそんなこと知ってんの?」


「科学の森下先生が嬉しそうに話してたんだよ」


 天体研究部。そんな部活があったんだ。夜太郎は星が好きだから、入っているのも納得だ。でも、天乃川ヨナはどうして?


 心がザワザワと騒がしい。嫌な予感。まだ、なにも始まっていないのに。夜太郎は周囲の注目を浴びたのが嫌だったのか、窓の外を眺めて顔をしかめていた。

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