4章 依依恋恋

第16話 幼馴染

「やった……‼」


 春の陽気が温かい新学期。始業式の後に配られた二年生のクラス名簿を見てこぼれた声を慌てて抑える。二年二組、神(かん)奈(な)木(ぎ)美(み)鈴(れい)。私の名前を下にいって、私は一年の時からずっと探していた名前を見つけた。


 玉野夜太郎。


 心の中でガッツポーズをして、神様に礼を言う。一年の時は同じクラスになれなかった。二年こそはと念願かなって同じクラス……!


「美玲~?」


「なんか嬉しそうじゃん、どしたの~?」


「私たちと一緒のクラスがそんなに嬉しいか~?」


 ギャルたちに囲まれる。スカート丈は膝上、髪の色はブリーチして明るく、メイクも濃い。いわゆる、クラスカースト上位のギャルたちだ。


 まあ、周りから見たら私もその一員か。


「ちげーよ。また一年うるさいあんたらの顔見なきゃなんなくて、嫌気がさしてたとこ」


「ひっど~!」


 金髪を高い位置でツインテールにして、大きなカラコンで目の色を変えて、もちろんスカート丈は膝上の生足。朝、家を出る二時間前に起きてメイクして、鏡に映る自分は今日も可愛い。


 そんなクラスカースト上位ギャルが、小さい頃からの腐れ縁の幼馴染に思いを馳せているなんて、周りにバレればいい笑いものだ。


 小さい頃にした「大きくなったら結婚する」なんて幼稚な約束を、ずっと胸に抱えて生きている。そんなこと知られたら、笑われるかな。


 追いかけて来たよ。振り向いてほしくて可愛くなったよ。これから始まる一年に胸を躍らせる。いまの私を見たらなんて言ってくれるだろう。


 今度こそ、ちゃんと言うんだ。大好きだって。


    ◇


 玉野夜太郎は、幼稚園の頃からの幼馴染。家が近所だったから、小さい頃はよく遊んで、一緒に学校に行っていた。


 夜太郎は一言で言うとすごく大人しい男の子だった。おばあちゃんが大好きで、よくおばあちゃんと星を見に行っては、その時のことを楽しそうに私に報告してくれた。


「夏の大三角形って知ってる?」


「なにそれ?」


「空に浮かぶ星が作ってる三角形。デネブ、アルタイル、ベガっていう星だよ。おばあちゃんが教えてくれたんだ。綺麗に見えたよ」


 手を繋いで学校に行きながら、夜太郎は楽しそうに話してくれた。大人しくて、休み時間は教室で本を読んでいるような、目立たない地味な男の子。私は夜太郎と一緒にいるのが一番居心地が良かった。


「美玲。泣かないで。ほら」


 泣き虫で怖がりで、人一倍臆病だった私は、よく同じ歳の男の子にいじめられては、一人でシクシク泣いていた。とても地味で、眼鏡で、口答えしない女の子は、男の子たちの格好の的だった。それを探して、見つけて、慰めてくれるのはいつも夜太郎だった。


「メガネ、取り返して来た。一緒に帰ろ」


 度の強い、分厚いレンズをした眼鏡はよく標的にされては男の子たちに隠されて、それを取り返して持ってきてくれる夜太郎は、私にとってはたった一人のヒーローだったんだ。


「ねぇ、夜太郎」


「なあに?」


「大きくなったら、美玲のことお嫁さんにしてくれる?」


「いいよ」


 何の迷いもなく、私の手を引きながら言ってくれる。それがどれほど嬉しかったかわからない。けれど、思春期というのは残酷なもので。


 中学生になると、私と夜太郎は話さなくなった。中学生という多感な時期に、異性の相手と話をする、というだけで緊張する。周りの目が気になって、話したくても話しかけられない。そもそも自分にまったく自信がない私が、異性の夜太郎に声をかけられるはずもなく、中学生の三年間はあっという間に過ぎ去っていった。


 夜太郎がなにを思っていたのかは知らない。私は悲しかった。でも、臆病な私はどうしても勇気が出なくて、教室で席に座る夜太郎の横顔を、周りにバレないようにこっそり見つめているしかなかった。分厚い眼鏡のレンズが邪魔をして、私の顔が赤いのは誰にも気づかれない。


 夜太郎にだけは気が付いてほしかった。

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