第15話 自棄
その日から毎日、放課後の部室に行くとヨナと樒がいた。
二人はなんだかいつの間にかに仲良くなっていて、気が付けば二人で楽しそうに話していた。静かで居心地がよかった部室は、女子が二人もいるせいでまったく落ち着かなかったが、ヨナと樒が部室に置いてあった星に関する本を開きながら、ことあるごとに俺に声をかけてくるものだから、放課後、一人だけの静かな部室で本を読んでいた毎日よりも楽しいと思えた。
変わらず、夜はヨナと聖星石の欠片を探したが見つからず、ただ月日だけが流れて、春が冬を越えてやって来て、俺の高一の一年が終わろうとしていた。
春、桜が咲く季節。今日は終業式が行われ、明日から春休み。そして、春休みが終わったら高校二年生になる。なんだかあまり実感が湧かないまま、終業式で校長の長いスピーチを聞いた。
教室に戻ると、担任教師が教壇で話し始めて、なんだか「俺はもうお前らに会えないけど」とか「高校二年生も楽しめよ」とか、涙ぐみながら話す担任の話をぼんやりと聞きながら、俺の目は無意識に、窓際の一番前の席に座る樒の背中を見つめていた。じっと窓の外を眺める樒の表情は見えなくて、あの日、樒が初恋の告白をした日から、樒が俺にその話をすることは一切なかったことが少し気がかりだった。
あの日、樒はなにを思ったのだろうと。
担任教師の長い話が終わるとクラスメイトの数名が涙ぐんでいて、最後に先生とクラス全員で写真撮影をした。
「じゃあ、お前ら元気でなー‼」
涙ながらに教室から出て行く生徒一人一人に手を振る担任の手には、生徒たちから送られた花束と寄せ書きが握られていた。手を振って来る担任に会釈で返し、教室を出て行こうとする。
「白詰先生」
聞こえた声に思わず振り返ってしまった。担任の前に樒が立っている。
「さようなら」
とびきりの笑顔で言った樒に、担任は「元気でな」と笑顔で返していた。思わず立ち止まってしまった俺の横を通り過ぎて、樒が教室を出て行く。その背中を見つめた。
なぜだろう。樒のとびきりの笑顔を見て、心がギュッと苦しくなったのは。
樒の背中を追いかけて歩き出す。始業式が終わり、明日からの春休みで浮足立っている高校の廊下は人が多くて、途中で見失ってしまった。少しあたりを見回したが、樒の背中は見つからず、諦めて部室に向かう。終業式の日にまで部室に行くのは俺ぐらいだろうか。
扉を開ける。中に樒がいた。
「あ……」
樒が振り返る。眼鏡越しに俺をじっと見つめる瞳はなにを思っているのかわからない。樒は酷く無表情だった。
「樒……?」
話さず、動かず、じっと俺を見ている樒に、部屋の扉を閉め、一歩歩き出そうとした時、樒が俺に向かって歩いてきて、そのままもたれかかって来た。
「うえええんっ……‼」
樒は泣いていた。顔をグシャグシャにしながら大粒の涙を零して泣きじゃくっていた。俺は俺の肩で声を上げながら号泣する樒を前にどうしたらいいかわからず、ただオロオロするばかりで、触れようにも触れられない、行き場のない手が震えていた。
◇
静かになった部屋の中、俺は少し硬いソファーに座っていた。そのソファーは少し前「新入部員増えたから」という理由で、どこかの空き教室に放置されていたらしいものを森下先生が持ってきてくれたものだ。これがヨナと樒には好評で、二人で並んで座りながら、楽しそうに話していたのを思い出す。
いま、そのソファーに座っている俺の膝の上に、ソファーに寝転んでいる樒の頭が乗っていなければ、俺の心はもう少し平穏だっただろう。
「……あ……の……」
「ん~……?」
上靴を投げ出し、俺の膝を枕にしてソファーに寝ている樒が答える。涙で濡れた眼鏡は机の上に放置されていて、腫れていて赤い目が樒が先ほどまで泣きじゃくっていたことを物語っていた。
「そろそろ……起きてもらえると……」
「……泣き疲れたからもうちょっと」
樒が起き上がる気配はない。少し落ち着いてきた樒をソファーに座らせ、どうしたらいいか戸惑いながら隣に座ったところで、まさかそのまま膝枕させられるなんて誰も思わないじゃないか。いま、もしもヨナが部屋に来たらどうしようと心臓の音がバクバクとうるさい。
「あの夜」
「え?」
「あの夜、あのまま食われようと思ってた」
樒の言葉に、あの夜とは遊園地の廃墟で化け物に襲われた夜のことか、と気づいた。食われようと思ってた?
「化け物に食われて終わりなら、悪くない恋だったって思えるかなって」
思わず下を向いてしまって、樒と目が合う。樒は笑っていた。その笑顔はどこか諦めたような微笑みだった。
「そばにいられればそれでいいとか、ただ好きだっただけだ、なんて思えるほど大人じゃなかったんだ。そんな自分に嫌気がさした」
樒が不意に手を伸ばしてきて、樒の手が俺の頬に触れる。心臓の音があまりにもうるさい。
「玉野に助けられちゃった。ねぇ、責任取ってよ」
「え——」
息を呑む。樒の手がじんわりと熱い。
「嘘だよ」
樒が手を離し、起き上がった。上履きを履き、眼鏡を取りながら「自棄になってるな」と樒が呟く。
「ごめんね」
眼鏡をかけ、立ち上がった樒が悲しそうにそう言うものだから、胸がズキンと痛んだ。これは、同情なのかもしれない。身勝手に、なにも知らないくせに、可哀想だ、なんて。
「二年生も、同じクラスになれたらいーね」
そう言うと、鞄を持って扉を開け「じゃあね」と俺に手を振って、樒は部屋から去っていった。
一人残された静かな部屋の中で深く息を吐いた。
「ヨナが来なくてよかった……」
口に出した後に、なぜこんなに安堵しているのだろうと首を傾げた。泣きじゃくっていた樒の姿を思い出す。
心臓はまだうるさかった。
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