第12話 襲われたクラスメイト

「今日も欠片を探しに行くわよ」


 というヨナの宣言のもと、俺は夜の町をヨナとともに歩いていた。白い線で区切られた歩道しかない、田舎の広い道路をヨナの後を追って歩く。暗い夜の闇の中から化け物がこちらを見ているようで気味が悪い。星が見える夜は静かで好きだったのに、おかげで嫌いになりそうだ。


「あのさ……ほんとに見つかる?」


「どうして?」


「……あの夜から、俺の身体光らないけど」


 ヨナが立ち止まり、じっと俺を見た。気分を害しただろうかと身構える。


「欠片が近くにないだけよ。遠くに飛んでいったのか、それとも移動しているのか」


「移動?」


「誰かに拾われて、移動している。ない話ではないわ」


「確かに……その場合、探し出すの困難じゃないか?」


「それでも見つけなければ、星は戻らないわ」


 それは確かに困るのだけど……毎夜、ただ町をぶらつくだけでは無謀すぎる。


「安心なさい。聖星石は元に戻るために欠片を呼び寄せるわ」


 不意にヨナが空を見た。釣られて上を向く。闇に浮かぶ無数の目と目が合った。


「うえっ……⁈」


「掃除してくるわ」


 そう言うと、ヨナが飛び上がり、一瞬で近くの電信柱の上に乗る。ひらめいたスカートの中から影が飛び出し、空から俺に手を伸ばしていた化け物たちが薙ぎ払われていった。


 しばらくするとヨナがピョンピョンと電信柱を飛んでいき、姿が見えなくなった。掃除をするとは、このあたり一帯の掃除を示していたのか……あまりそばを離れて欲しくはないのだけど……。


 諦めてヨナが帰って来るのを待つことにする。どこから化け物が出てくるかわからなくて、キョロキョロとあたりを見回した。


 俺の胸元が唐突に光り出した。


「は⁈」


 思わず声を上げ、慌てて口を塞ぎ、あたりを見る。唐突に欠片が降って湧いたとでも言うのかと思っていると、道路の向こう側の歩道に人影が見えた。


「……樒?」


 目を凝らして見ると、それがクラスメイトの樒蝶羽だということが分かった。制服の紺色のセーラー服を着たまま、フラフラとなにかを追うように歩いている。身体が光っている俺を気にも留めない。


「樒!」


 声をかけてみるが反応はなく、樒はそのまま道を曲がって闇の中に消えて行こうとする。慌てて夜は車がほとんど通らない道路を渡り、樒の背中を追いかけた。なんだか、様子がおかしい。


 消えていきそうな樒の背中を追いかける。ヨナから離れてしまった。闇の中からいつ化け物が顔を出すかわからず、恐ろしい。ポケットの中の祖母のキーホルダーを握りしめ、大丈夫だと自分に言い聞かせる。樒はフラフラと町外れに向かって歩いているようで、何度呼びかけても反応を示さなかった。


「あれ?」


 追っていたはずの樒の姿が消えた。ハッとして前を見ると、暗闇の中にぼんやりと、遊園地の看板が浮かんでいる。俺が幼い頃はまだ賑わいを見せていた、町外れにある遊園地はいまや錆びついた廃墟と化し、夜の闇の中、不気味に佇んでいた。


「……中に……入ったのか……?」


 廃墟遊園地のゲートの前で姿を消した樒は、この中に入っていったのだろう。どこか恐ろしい雰囲気を漂わせる遊園地を前に生唾を飲み込み、手の中のキーホルダーを握りしめて、遊園地の中に入る。錆びついたメリーゴーランドやティーカップが佇む園内は真っ暗で、俺の胸元の光だけが足元を照らしてくれた。


「樒~?」


 恐る恐る声をかける。いるなら返事をして欲しい。女子高生がこんな時間にこんな場所に行く理由ってなんだ?


「きゃあっ⁈」


 悲鳴が聞こえた。奥にある観覧車の方だ。慌てて駆け出し、観覧車に向かう。観覧車の前で、樒が座り込んでいた。


 座り込む樒の目の前に、大きな口を開けた、巨大な蜘蛛のような化け物がいた。


 何かを叫んだ気がするが、なにを叫んだか覚えていない。助けようと手を伸ばして、それが絶対に届かないことは嫌でもわかった。「逃げてくれ」と願ったが、樒が立ち上がる様子も、化け物が止まる様子もなく、ヨナが来る気配もない。


 伸ばした手に握られていたキーホルダーが落ちる。それが光り輝いているのが見えた。


 次の瞬間、光は矢のように真っすぐに飛んでいき、樒に襲い掛かっていた化け物を貫いた。


 なにが起こったのか理解できない。ただ、樒に襲い掛かろうとしていた化け物が動きを止め、貫いた光に身を焼かれて、その身体がザラザラと闇に溶けていくのが見えた。


「樒‼」


 俺の声に樒が振り返る。呆然としている樒に駆け寄り、手を引いて強引に立ち上がらせる。困惑した樒が「え。え? なに……」と呟いたが無視した。


「逃げるぞ‼」


 観覧車のゴンドラの裏から、無数の蜘蛛が這い出して来るのが見えた。よく見れば、錆びついた観覧車には黒い蜘蛛の巣が巻き付いている。


 樒の手を引いて観覧車から離れながら後ろを見ると、樒が座り込んでいた場所で煌々と光り輝くナニカが見えた。あれは、聖星石の欠片だ。樒は聖星石の欠片を持っていたから化け物に襲われたのか。


 化け物たちが聖星石の欠片に引き寄せられていく。その隙に、樒を連れてここから逃げなければと、樒の手を引いて走った。

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