第11話 お汁粉
昼休み。クラスで影が薄く、友達はおらず、昼食を食べるにしても一人で食べるのは気まずいので、俺は誰も来ない部室を避難場所に、一人で購買で買ったパンを食べるのが日常だった。部室は教室とは違ってとても静かで、好きなものに囲まれた空間は落ち着く。
目の前に、学校中から注目されている美少女がいなければの話だが。
「……あの……」
「なに?」
部室に置かれた机と椅子をわざわざ俺の前まで持ってきて座り、俺の目の前で黙々とお弁当を食べていたヨナが顔を上げる。ヨナの周りだけ煌びやかなオーラが漂い、寂しげなこの部屋には不釣り合いだ。
「なんで……教室で食べないの……?」
「騒がしいからよ」
ヨナが美味しそうな卵焼きを口に運びながら平然と答える。
「ここが一番静かだわ」
ヨナと廃ビルに行った夜から、俺は定期的に夜にヨナに呼び出され、欠片を探す日々を送っていた。いまのところ、夜に現れる化け物たちに襲われるばかりで、成果はない。
そして、化け物に襲われるたびに、ヨナが不思議な力とその身体能力で俺を助けてくれる。ヨナは星守の神子で、聖星石を守る一族らしい。詳しくは教えてもらっていないけれど。
「……ん?」
悶々と思考を巡らせながらパンを頬張っていると、ヨナが俺のことをじっと見つめていることに気が付いた。俺というか、俺の手元を見ているのか?
「なに……?」
「それはなに?」
ヨナが見ていたのは俺が自販機で買ったお汁粉だった。あまりの寒さに耐えかねたのと、糖分を求めて買ったお汁粉が、湯気を上げながら甘い匂いを部屋に充満させている。
「お汁粉のこと?」
「おしるこ?」
「え……なんて言ったらいいんだろう……あんこをお湯で溶かした、甘い飲み物……飲む?」
上手く説明が出来ず、ヨナに缶を差し出す。受け取ったヨナは興味深げにまじまじとお汁粉を見つめると、恐る恐る口を付けようとした。
あ。これ、マズくないか?
「ちょっとまっ——」
止めようとしたが間に合わず、ヨナは特に気にする様子もなく口を付けると、お汁粉を一口だけ飲んだ。
「甘いわ」
止めようとして行き場をなくした手を下ろす。基本無表情で感情が読めないヨナが、少しだけ目を輝かせているように見えた。気に入ったのだろうか。
「……飲みたいなら、下の自販機で買えるよ」
なんだか少し申し訳なくて、財布を取り出し、ヨナに百円玉を渡した。元はと言えば、飲んでいいと言ったのは俺のわけだし……ヨナは気にしていないようだけど。
「ありがとう」
部屋を出て行ったヨナの背中を見送り、小さくため息をつく。ヨナと一緒にいると、鼓動がうるさくて息が詰まる。あんな美人と一緒にいれば、そうなるか。
ヨナが置いていったお汁粉を取り、飲もうとして動きを止めた。俺が買ったとはいえ、これを飲んでしまっていいのだろうか……。
お汁粉を飲めずに悶々と考え続けて数十分。ヨナがなかなか帰ってこない。いくら下の階とはいえ、あまりにも遅すぎる。もしかして自販機の場所がわからなくて迷っているとか? いままで学校に来ていなかったのだから、ありえる話かもしれない。
慌てて部屋を飛び出し、下の階に向かう。一緒についていくべきだっただろうかと思いながら自販機に行くと、自販機の周りに人が集まっていた。よく見ずとも、その人だかりの注目を浴びているのがヨナだということがわかる。
「ヨナ!」
思わず呼びかけてしまい、一斉に注目を浴びた。多くの視線が突き刺さる。気まずさに顔を引きつらせつつ、ヨナの元に行くと、ヨナの隣に見たことがある女子生徒が立っていた。
茶色に近い色素の薄い髪を丁寧に巻いた、眼鏡をかけた女子生徒。確か、同じクラスの樒蝶羽という生徒だ。休み時間にクラスの男子たちが「可愛い」とか「胸がデカい」とかヒソヒソと話していたのを覚えている。「男と遊んでいる」という、あまりよくない噂があるのも、少しだけ耳に挟んだことがあった。関係ないし、興味もないから気にも留めなかったが。
なぜ、ヨナが話したことのないクラスメイトの女子と一緒にいるのだろう。ヨナの手には買ったばかりだと思われる、お汁粉が握られている。
「全然戻ってこないから、どうしたのかと……」
「これの使い方がわからなかっただけよ」
「え? 自販機の使い方知らなかったの?」
「夜太郎が説明しないのが悪いのよ。お金があれば大丈夫だって言ったくせに」
ヨナが歩き出し、慌てて後を追う。自販機の使い方がわからなかったって、この人はいったいどうやって生きて来たんだ? いや、いままでずっと家か病院かに引きこもっていたから、世間知らずなのか……?
「あの子が教えてくれたのよ」
「樒?」
「そんな名前なの?」
「えっと、樒蝶羽だったはず」
「蝶羽……いい子ね」
ヨナが買ったお汁粉を宝物のように両手で握りしめ、少しだけ微笑む。その表情を見てドキリとした。美少女の笑顔は心臓に悪い。
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