第10話 廃墟の遊園地
家に帰る気にもならなくて、フラフラと町の中を彷徨った。家に帰ったところで、狭いアパートの一室にいるのは、常に気難しい表情を浮かべた不機嫌なお母さんだけだ。
涙は出ない。ただ、ひたすらに息苦しい。息ってどうやって吸って吐いていたのだっけ?
冬の寒さは夜の闇を連れてくるのが早くて、あたりはあっという間に暗くなる。星が浮かばない夜空はただ物悲しくて、見つめていると呑み込まれて行きそうな気がした。
コツンと足になにかがぶつかって、ふと下を見る。そこには小さな石の欠片のようなものが落ちていた。綺麗だなと拾い上げる。深い青色に星屑を散りばめたような不思議な欠片だ。
目の前を、黒い蝶々が横切った。
その蝶々は夜の闇のように真っ黒な羽を持っていて、星を散りばめたような模様が美しかった。思わず蝶々を目で追う。蝶々は闇の中に溶けて行きそうで、私は蝶々を追って歩き出した。
蝶々はフラリフラリと羽ばたいて、目を離したらすぐに消えていきそうで必死に蝶々を追いかけた。どうしてそんなに必死だったのかはわからない。拾った綺麗な石を握りしめ、駆け足になりながら蝶々を追う。
次第に、私の前に現れたのは、町はずれにある遊園地だった。
いまは閉園になり、廃墟と化した遊園地の跡地。奥に見える錆びた観覧車のゴンドラが、夜風に晒されて揺れている。子供の減少に伴い、閉園してしまった遊園地は、かつてはこの田舎町のシンボルになる予定だった。雨風に晒され、錆びた看板が物悲しい。
幼い頃、お父さんがたびたび連れてきてくれた遊園地。
立ち入り禁止の看板を無視し、錆びたゲートを超えて中に入る。夜の廃墟遊園地はどこか現実味がなくて、おぞましく見えた。闇の中、目を凝らすとかろうじて浮かび上がる、メリーゴーランドやティーカップが不気味だ。
蝶々は奥に見える観覧車に向かって飛んでいく。それを追いかけて、遊園地の廃墟の中を走り抜けた。所かまわず根を生やす緑たちが冬の寒さで枯れ、遊具に巻き付いたまま死んでいた。
観覧車の前にたどり着くと、蝶々は観覧車の裏へと飛んで行って、それを追おうとして、ふと観覧車を見上げた。錆びつき、いまは動かない観覧車。ゴンドラが風で揺れるたび、ギイッと不吉な音が鳴る。
そのゴンドラに絡みついて、黒い糸が暗闇の中で光っていた。
よく見ようと目を凝らす。それは、蜘蛛の巣のように見えた。闇に紛れる、巨大な黒い蜘蛛の巣。その蜘蛛の巣に、さっきまで追いかけていた黒い蝶々がからめとられている。
ゴンドラの裏側から、ズルリと巨大な蜘蛛が這い出してきた。
驚きで声も出せない。星が消えた夜空のような真っ黒な身体を持つ巨大な蜘蛛が私を見つめていた。
「……あ」
悲鳴も上げずに逃げ出した。殺される。あれは化け物だ。そう、頭の中でこだまする。
「きゃあっ⁈」
なにかに足を取られて転んだ。打ちつけた身体を起こし、足を見ると、黒い糸が足に絡みついている。それが、ゴンドラの上から私を見つめている蜘蛛の口から吐き出された糸だと気が付いて、血の気が引いた。
蜘蛛がズルリとゴンドラから降りてきて、ゆっくりと私に向かって歩いて来る。口からボタボタと涎のようなものを垂れ流し、口を半開きにして向かって来る。
今日は朝のテレビ番組の占いの運勢が悪くて、髪の寝ぐせがなかなか直らなくて、頬を打ちつける風が一段と冷たい、そんな、最悪な日だった。
失恋した、日だった。
化け物に食われるのも悪くない。この恋の終わりがそんな現実味のないものなら、大歓迎だ。ときめきも、痛みも、全部目の前の化け物が食ってくれたら——。
悪くない恋だったと、納得できる。
化け物が大きな口を開ける。それを、とても冷静に、冷めた目で見つめていた。立ち上がり、逃げ出す気力も湧かなかった。ここで食われなかったとして、私を迎えに来る明日は、初恋の終わりを告げる現実だ。
その時、光るナニカが化け物を貫いた。
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