2章 天姿国色
第3話 謎の美少女
星が消える、という異常な現象は、全世界を震撼させた。
テレビのニュースはその話でもちきりで、様々な専門家が呼ばれては、誰もが「お手上げだ」と首を横に振った。世界各国で専門家たちが血眼になってこの異常現象を解明しようとしたが、その努力は無駄に終わり、ついには「世界の終わりだ」と騒ぎ立てる者たちが出始め「神の思し召しなのだ」とカルト教団が騒ぎ立てる大混乱となった。
残りの冬休み「異常現象が人体に悪影響を与えるかもしれない」というテレビの情報の元、人々は一切の外出を禁じられ、家に引きこもることになったが、一週間もすれば外に出ても何ら害がないことがわかり、星が消えた以外の異常はなにも起こらず、ただ夜空から星が跡形もなく消え去ってしまったという事実に、天体などに興味がない一般人たちは慣れ始めた。
慣れてしまえば、ただ少し夜が暗くなっただけで、これまでとなんら変わりなかったからだ。
冬休みが終われば、学校もなんら変わりなく再開するらしく、あの夜に出会った不思議な少女ヨナが俺の前に姿を現すこともなく、退屈な冬休みも最終日を迎え、登校日になった。
高校一年生も残りわずか。クラスメイトとは友達と呼べるほど仲良くなることはなく、コミュ障ド陰キャを極めた俺の高校一年間が終わろうとしている。このまま二年になるのかと、始業式の始まりを待つ教室の中、クラスメイトが「あけおめー」「ことよろー」と挨拶を交わすのを横目に、窓際の席でカイロを握りしめていた。
いや、俺の中にある欠片、どうするよ。
外に出られない冬休み、なにか異常があるのではないかと怯えていたにも関わらず、俺の身体は一切の異常を見せなかった。ちなみに、トイレに行っても欠片が出てくることはなかった。なんでだよ。俺の身体、どうなってんだ。
「全員、いったん席着けー」
担任の男性教師が教室に入ってきて、あたりで談笑していたクラスメイト達がバタバタと席に着く。
「始業式が始まるのでもうすぐ廊下に整列してもらうわけだが、その前にみんなに紹介したい人がいる」
教師が「入っていいぞー」と廊下に呼びかける。クラスメイト達は驚きと期待で騒めいていた。
「ちょっと遅くなったけど、自己紹介頼むよ」
呼ばれた人物が入って来た瞬間、教室が静まり返った。
夜空のような深い色をした長い髪に、作り物のように白い肌に影を落とす長いまつ毛と、それに縁どられた星を映したような色の瞳。女子生徒の制服である、紺色のセーラー服と青いスカーフを身に着けているが、その姿はあまりにも様になっていて、まったくの別物に見えた。
天女と見間違うほどの美しい少女。その少女は、星が消えたあの夜に俺が出会った、天乃川ヨナだった。
騒めくクラスメイト達をものともせず、教室に入って来たヨナは、黒板に『天乃川ヨナ』と書いて前を見た。俺の周りで、ヨナの顔を見た男子たちが生唾を飲み込むのが聞こえた。
「天乃川ヨナです」
ヨナが放った言葉はそれだけで、シンと教室が静まり返る。全員、ポカンとした間抜けな表情を浮かべていたのでないだろうか。
「え、えっと……天乃川は最初からこのクラスに在籍していたんだが、病気がちでずっと休んでいたんだ。遅くなってしまったが、クラスの一員だから、みんな仲良くするように」
見かねた教師が説明してくれる。なるほど。このクラスは三十人のはずだが、いつも二十九人で、一つだけ席が空いていた。病弱な生徒がずっと休んでいるらしいと噂で聞いていたが、それがまさかヨナだったとは。
「色々聞きたいこともあるだろうが、とりあえず始業式だ。全員、廊下に並べー」
始業式の間、うちのクラスは浮足立っていて、落ち着きがなかった。それはヨナの姿を見た他のクラスも同じで、他学年の生徒もヨナを見て思わず足を止めたりと、学校中で大騒ぎ。当の本人であるヨナは周囲の注目を浴びても一切顔色を変えることなく、澄ました顔で平然としていた。
つい、目で追ってしまう。それは、ヨナがとんでもない美人だから、という理由だけではない。聞きたいことが山ほどあって、でも、それを聞いていいのかわからない。声をかけるのがためらわれるほど、ヨナは美しく、誰も寄せ付けないオーラを放っていた。
始業式が終わり、教室に戻って終礼が始まろうとすると、担任教師はヨナを窓際の一番後ろを席に座らせた。その席は俺の後ろの席で、席に向かう中、周囲からの視線を浴びるヨナが一瞬だけ、俺の横を通り過ぎるときに俺の方を見た気がした。
「あのさ——」
終礼が終わり、意を決してヨナに声をかけようとしたその瞬間、俺のか細い声を遮って、クラスメイトたちがワッとヨナの席に集まって来た。
「天乃川さん! クラスのグループライン入れてあげる!」
「休んでる間のこと、教えようか?」
「この後みんなでカラオケ行くんだけど、来る?」
全員、唐突に現れた美少女に興味津々といった様子だ。ド陰キャの俺はクラスのグループラインの存在も知らなかったし、この後カラオケに行くことになっていることも知らなかったわけだが……。
これでは話しかけようもないと、諦めて荷物をまとめ、ヨナの席を取り囲んでいるクラスメイトたちを避けて教室を出ようとする。とりあえず、話しを聞くのは明日……いや、いつになるのだろう。
その時、ヨナを取り囲んでいるクラスメイトたちが騒めいた。思わず振り返る。
「どこにいくの」
席を立ったヨナが俺を見ていた。クラスメイトの視線が一斉に俺に注がれる。
「……え、えっと……」
「どこに、いくの?」
答えなければ殺されそうで背筋が凍った。ヨナの視線と、クラスメイトの視線が身体を指すようで痛い。
「ぶ、部室……」
「そう」
聞いた割にはとても興味なさそうにそう言うと、ヨナは唐突に荷物をまとめ、俺に向かって歩き出した。クラスメイトたちが絶句している。
「私も行くわ」
「え」
「行くわよ」
ヨナが強引に俺の腕を掴み、俺を引きずるようにして教室から出て行く。背中にクラスメイトの視線を感じ、騒めく声を聞きながら、ヨナに手を引かれるまま廊下に出た。廊下に出たヨナは俺の手を離し、振り返る。
「案内して」
有無を言わさない態度だ。俺は情けなく「は、はい……」と答えると歩き出した。
俺の後ろからついて来るヨナは、廊下にいる生徒たちの注目を集め、たくさんの視線に晒される俺は居心地の悪さを感じて小さく縮こまりながら歩いたが、後ろのヨナは視線に臆することなく、ただ平然と歩いていた。
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