第4話 天体研究部

 星守ほしもり高等学校。特筆すべき点が、星が綺麗なこと、ぐらいしかない田舎町、星守町に立つ、なんの変哲もない高校だ。すべてにおいて普遍的で、部活動も大して目立つことはないこの高校には、天体研究部という文化部が存在する。なぜいままで廃部にならなかったのかはわからないが、この高校が設立されたころから存在するらしいこの部は、いまや部員数一人で廃部の危機に瀕している。


 その最後の一人が玉野夜太郎。この俺というわけだ。


 二つ上の代の先輩が四人いたのだが、その先輩たちも冬休み前に受験勉強の関係で部を引退してしまったため、学校の奥の角部屋に位置する小さな部室に赴く生徒は俺一人となってしまった。


 その部室にいま、とんでもない美少女がたたずんでいる。


 全体的に埃を被った本や望遠鏡が乱雑に放置され、先輩たちが面白半分で天井に張り付けた星図盤はいつ剥がれ落ちるかわからない。ヨナはそんな狭い部屋の中をキョロキョロと見回していた。埃臭さが鼻をつく狭い部屋の中にも関わらず、絵になってしまうのは、やはり顔がいいからなのか。


「……えっと……」


 沈黙に耐え切れずに口を開くと、部屋を見回していたヨナが俺を見た。その瞳にドキリとして言葉の続きが出てこない。ヨナは俺をじっと見つめたまま、ゆっくりと俺に向かって歩いて来て、思わず身構える。


 その時、俺の胸元が光り始めた。


「え⁈」


 驚いてヨナを見ると、ヨナがなにかを手に握っていた。それは石の欠片のようで、夜空のような深い青色の中に、星屑のような光が散りばめられた、不思議な光を放つ石だ。ヨナがそれを取り出した瞬間、俺の身体が光った。


「やはり、欠片同士は共鳴するようね」


 ヨナが俺に近づいてきて、壁際に追い詰められた。なにをされるのだろうと怯える。まさか、本当に腹を掻っ切って欠片を取り出そうとはしないよな?


「ぶっ⁈」


 唐突にヨナが手にしていた欠片を俺の口にねじ込んだ。そのまま口を塞がれ、思わず口の中に入った欠片を呑み込む。呆然とヨナを見つめていると、満足したのか、ヨナが俺から離れた。


「……え?」


「欠片同士が共鳴するのなら、欠片探しも捗るかしら。その欠片一つを見つけるのに、どれほど苦労したか」


「ちょ、ちょっと待て⁈ お、俺、いま欠片食わされたよな⁈」


「ええ。その方が安全だもの」


 ヨナがサラリと答える。安全? 安全とは?


「説明をしてくれ‼ 俺はいまどうなってるんだ⁈」


「どうもこうも、あなたは聖星石の欠片を呑み込んで、その聖星石があなたの中に根付いてしまったのよ」


「ね、根付いた?」


「拠り所にされた、と言った方がいいかしら。力を失い、砕け散った聖星石が自分の身を守るためにあなたの中に隠れたのよ」


「な……」


 なんてはた迷惑な。勝手に拠り所にされ、俺の身体に入り込まれたとでもいうのか。


「あなた、欠片を呑み込んでから夜に外出しなかったの?」


「え? あ、ああ。夜どころか、冬休みの間家から出てないよ」


「そう。命拾いしたわね」


「命拾い……?」


 まるで俺が生命の危機に瀕しているかのような言い方だ。いや、体内に得体の知れない石がある、という状況が命の危機に繋がらないとは言い切れないが、それでも身体に異常はなかったはず。


「今夜、面白いものを見せてあげるわ」


 そう言うとヨナは俺の後ろの扉を開け、教室から出た。去り際に振り返り、俺を見る。


「学校から少し離れた場所に廃ビルがある。そこに来て。日が完全に沈む前に来なければ、命の保証はないわ」


 そして、ヨナは長い髪をなびかせ「じゃあね」と言って歩き去っていった。部室に残された俺は呆然と歩いていくヨナの背中を見つめる。


「ええ……?」


 漏れ出た声は酷く情けない声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る