第2話 聖星石
「吐きなさい」
シンと凍り付くような冷たい声だった。その声が、目の前の美しい少女から発せられたのだと気が付くのに数秒の時間がかかる。
「……え?」
「吐き出しなさい。いますぐに。あなたがいま呑み込んだものを吐きなさい」
「え。え? ちょ、ちょっと待って……」
少女が一歩ずつゆっくりと俺との距離を詰めてくる。怒っているのかも読み取れない冷たい視線が、身体を貫くようで怖い。自分よりも少しばかり背の低い女の子に詰め寄られて怖いというのも情けない話だが、あまりの気迫に一歩ずつ後ろに下がり、背中が後ろの扉に触れた。
扉、閉めたっけ?
「吐け」
次の瞬間、目の前の少女に首を掴まれ、壁に押し付けられた。殺される、と直感する。
「え、えっと……その……」
「吐き出せないというのなら、いますぐこの腹を搔っ切って取り出そうかしら?」
「ひっ……⁈」
華奢な片手で絞殺されるとは思えないのだが、なんだか本当に殺されかねないと思うほどの恐ろしさが少女にはあった。俺を見つめる瞳に呑み込まれそうだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ‼ お、俺はなにを呑み込んだんだよ⁈」
目の前の少女に殺されそうという状況も怖いが、自分が得体の知れないものを呑み込んだという事実も怖い。思わず叫ぶと、少女は少し間を置いてから小さくため息をつき、俺から手を離した。
一瞬息をするのも忘れていたのか、唐突に息苦しさが襲って、首を抑えて咳き込んだ。緊張が解けて足の力が抜け、壁に背をついてへたり込む。
「あなたが呑み込んだのは、
「せ、聖星石?」
顔を上げると、少女が俺を見下ろしていた。冷たい瞳に凍り付く。
「さっき砕け散った石が聖星石。夜空に浮かぶ星の半身であり、そのもの」
「星……? そうだ! 星!」
慌てて立ち上がり、崩れ落ちた天文台の屋根の向こうの空を見上げる。そこにあるのは途方もない闇と、居心地悪そうに浮かんでいる月だけだった。
「……ない……」
先ほどまで煌々と光り輝いていた星々が跡形もなく消え失せている。異常現象どころの話ではない。
「聖星石が砕け散るとともに、夜空の星が姿を消した。飛び散った欠片を集めて聖星石を戻さねば、空に星は浮かばない」
「は、はあ?」
話についていけない。あの石が星の半身でそのもの?
「その欠片の一つを、あなたは呑み込んだのよ」
間抜け面で空を見ていた俺の口の中に飛び混んできたのは、その得体の知れない石の欠片だったらしい。そして、俺はそれを吐き出せと、目の前の少女に迫られているのだ。
「そ、そんなこと言われても……」
「だから吐き出せと言っているのよ。あたなは空の星の一部を呑み込んだに等しいわ」
「いや、無理だろ……せめて、その……出てくるのを待ってもらわないと……」
こちらとしても得体の知れないものを呑み込んでいるのはとても不本意で気持ちが悪い。出せるものなら出したいが、いますぐには無理だ。
「だから、腹を搔っ切って取り出そうと……」
物騒なことを口にした少女が、なにかに気が付いた様子で俺をじっと見つめた。なにごとかと思って少女が見つめている胸元を見る。
俺の胸元が、淡い光を放っていた。
「うわ⁈」
得体の知れないものを呑み込んだかと思ったら、唐突に身体が発光するなんて、軽いどころではなくホラーだ。いったい俺の身体になにが起こっているというんだ。
気が付くと、少女が音もなく俺に近づいて、少女の美しい顔が目の前に合った。驚きで声も出せずにいると、少女は淡く光っている俺の胸元に触れた。酷く冷たい手だ。
「……聖星石が根付いた……どうして……」
少女が俺の顔を見つめる。息がかかりそうなほどの近さにドキリとして、胸に触れている少女の手に、跳ねた心臓の鼓動が伝わってしまわないかと心配になった。
「……気が変わったわ」
少女が俺から離れる。冷たい夜風が少女の長い髪を攫い、顔にかかった髪を払う少女の姿は暗闇に浮かび上がって、とても美しかった。
「あなた、名前は?」
「え? や、夜太郎……玉野夜太郎」
「夜太郎。聖星石の欠片を探すのを手伝いなさい」
「は⁈」
「聖星石が戻らなければ空に星は戻らない。欠片はこの街のいろいろな場所に飛び散ってしまったはずだわ。探すのを手伝って」
「て、手伝うって……俺はどうすれば……」
「簡単よ。あなたの中にある欠片が他の欠片の場所を教えてくれる」
少女が光っている俺の胸元を指差す。光っているのは、体内の欠片なのか。
「欠片をすべて集めてから、どうやって取り出すか考えるわ。手伝いなさい、夜太郎。さもなくば、あなたのせいで空の星は戻らないわ」
「え」
少女は「当然でしょう」とサラリと言った。
「あなたは星の一部を呑み込んでいるのだから」
そうだとしても、けして俺のせいではない。たしかに間抜け面を晒して口を開けていたのは事実だが、その口の中に欠片が飛び込んでくるなんて誰も思わないじゃないか。という口ごたえを許してくれる様子はなく、俺は目の前の少女の圧に押されてしまった。
「……わかった」
得体の知れないものがずっと体内にあるのは嫌だし、星好きとしてこのままずっと星空が見れないのも嫌だ、と無理やり己を納得させる。少女はさも当然というような顔をしていた。
「
「え?」
「私の名前よ」
ヨナと名乗ったその少女は、天女と見間違うほどに美しく、星が消えた夜の闇の中、ヨナだけが光り輝いているように見えた。
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