星空を呑む
柚里カオリ
1章 神星落落
第1話 星が消えた夜
ある冬の寒い日、夜空に浮かぶ星が消えた。
星々が跡形もなく姿を消した夜空はどこまでも果てのない闇が続き、月だけがただ物悲しく浮かんでいる。冬の凍てつくような冷たい空気はどこまでも澄み渡っていて、ただ闇が続く夜空をじっと見つめていると、夜の中に落ちていく気がした。
吐く息が白い冬の夜。誰も寄り付かなくなり、廃墟と化した天文台で、俺は不思議な少女と出会った。深い夜空の色を映しとったような美しい髪と、星々の輝きを映したような瞳の色にただ見とれる。
化け物に恋をした。そんな、冬だった。
◇
高校一年の冬休み。流星群を見るために、お年玉を溜めて買った天体望遠鏡を背負い、町の丘の上に立てられた、いまは誰も寄り付かなくなってしまった天文台を目指す。
「クソさむ……」
防寒対策としてモコモコに着込んだコートを貫いて身体を冷やす冷気が恨めしい。
そんな部活が活動出来るわけもないので、とりあえず個人的な趣味として天体観測に赴いた、暇を持て余した冬休み。
「カイロ持ってくればよかった」
垂れてきた鼻水をすすり、歩みを進める。冬の夜は暗く、空気が澄み切っていて、頭上に浮かぶ星々の輝きがよく見えた。
重たい荷物を背負い、丘を登りきると、見えてきたのはこの町唯一の天文台……だったもの。完全に人に放置され、廃墟となってしまった天文台はボロボロで、いまにも崩れ落ちそうだ。ドーム状の屋根は半分以上が崩れ落ち、入口へと続く階段も所々崩れている。
幼い頃、祖母と共に毎夜通っていた時は、中央に大きな望遠鏡があったのだが、それももう撤去されてしまっていまやもぬけの殻。天文台というよりも、ただのドーム状の廃墟だが、それでも天体観測の場所にここを選ぶのは、幼き日の思い出のせいなのか。
そんなことを思いながら、立ち入りを阻む鎖を超え、白い息を吐きながら階段を上がって、鍵が壊れて容易に開けられてしまう扉に手をかけた。
先客がいるなど、思いもせず。
「⁈」
扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、美しい少女の姿だった。夜空のような深い色をした長い髪が、月明りを反射して艶めいている。作り物のような白い肌が天文台の暗がりの中でぼんやりと浮かび上がっている様が不気味で、美しかった。真冬の夜だというのに、身に着けているのは薄い黒色のワンピースだけだ。
少女は、
ガンッ
大きな音が響く。それは、思わず呆然と立ち尽くしてしまった俺の肩をずり落ちたリュックが地面に落ちた音だった。中の望遠鏡が打ちつけられて鈍い音がした。
「あ」
リュックを拾おうとした時、感じた視線に前を向く。少女と目が合った。星の光を映したような美しい瞳だった。心臓がドキリと跳ねる音がした。
次の瞬間、あたりがフッと暗くなった。
少女が驚いたように目を見開き、バッと上を見る。それに釣られて空を見て、目を疑った。
空に浮かんでいた無数の星々が消えている。
「え?」
どんなに目を凝らしても、目に映るのはただの闇だけ。呑み込まれそうなほどに、何もない無がそこには広がっている。星々の光が消えた夜は、一段と暗くなった。
呆然と口を開けた間抜け顔で空を見つめていた俺は気が付かなかったのだ。少女が掲げていた石の異変に。
パリンッとガラスが割れるような音が聞こえたと思った瞬間だった。間抜け面で空を見つめていた俺の口の中に、なにか硬いものが飛び込んで来た。
「⁈」
唐突なことに驚いた俺は、思わず、それを呑み込んでしまったのだった。
「⁈ え⁈ な、なんか呑み込んだ———」
ハッとして前を見ると、美しい少女が信じられないというように俺を見つめている。なにかを呑み込む瞬間、たしか、一瞬だけ見えた視界の中で、星型の石のようなものが、少女の手の中で弾け飛んだのが見えた。ということは、俺が今呑み込んだのは……。
「吐きなさい」
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