*、告白

 先輩はブルーハワイみたいだって。


 そう言われたんです。



 去年、地元の夏祭りに二人で行った時のことです。二人で行ったって言うと語弊があるかも。部活のメンバーで遊びに行ったんです。その時、折角なら男女に分かれてお祭りデートみたいなことをしてみようってなって、彼とペアになったんです。彼は私に、ベンチで待ってて、と言って何かを買いに行きました。屋台から戻ってきた彼の手にあったのが、青いかき氷。正直、拍子抜けしました。それから、笑っちゃいました。なんてチョイスなんだって。青色って見るからに人工物っぽいじゃないですか。だから私、ブルーハワイが好きじゃなかったんです。あの得体の知れない味が何だか苦手でした。


どうしてこの色にしたのかって聞いてみたんです。そしたら彼が言ったんです、先輩に似てるからって。私が青いってこと?って聞いてみたら、そうじゃないって。


「ブルーハワイってミステリアスでしょう。綺麗な青は一体どんな味をしてるんだろうか。イチゴとかレモンは大体その果物自体の味を知ってるから、錯覚が働いた時その味を組み立てることができる。でも、ブルーハワイに錯覚って効かないでしょう。もととなる味が分からないんだから。だから、食べるまで全く予想がつかない」


 私にはよく分からなくて混乱しました。彼は続けて言いました。舞台上で先輩の姿を見る度、毎度新しい人格が憑依しているようで、でもどんな役でも魅力的に見えるんだ、と。貴女はミステリアスなんだと。


それから、こう言ったんです。



 オレ、先輩が好きです、って。


 気づけば、役を演じる先輩に虜になっていた。


 役を通して見る貴女も綺麗だけど、部室で練習してる時の、何気ない貴女の仕草を見る度、胸の高鳴りを感じたんです。


 先輩は、オレのことをどう思ってますか。


 オレは、先輩の、ブルーハワイの本当の味を、知りたい。



両片想いだった私達は、その日ようやく互いの味を確かめ合いました。



ブルーハワイは、私達にとって思い出の味です。あの日以来、私はブルーハワイが大好きになりました。そして、その色、青も私にとってはお気に入りの色になりました。


まさかその青が私を追い詰めるなんて、皮肉な話ですよね。



 告白します。


 



 彼の名を出すと迷惑がかかってしまうかも知れないので、後輩くん、と呼ばせてください。実際からかい交じりにそう呼んでいましたし。


 あの日、後輩くんが朝一で私の教室にやってきました。何があったのかと聞くと、今日の文化祭の劇は自分が主演をやってるから見に来てほしい、とのことでした。どうして、そんな重要な情報をもっと早く教えてくれないのって、焦りました。私が忙しそうにしていたので邪魔したら悪いと思って、とのことでした。そう言えばここのところ文化委員の仕事が立て込んでいて、校舎を走り回っていました。彼も遠慮して、落ち着いた頃に言おうと思って今日になってしまったのだろう、と予想はつきました。


 分かったと返事をしたものの彼のクラスの劇は2時からで、丁度私のシフトと時間が被っていました。どうしよう、と思った時に通りがかったのが、水向くんです。彼は皆がいやがるような役割を率先して引き受けてくれるような優しい人でした。だから、彼ならシフトに入ってくれるんじゃないか、そう期待したのです。彼は少し迷ったような表情を浮かべましたが、すぐにいつもの笑顔に切り替わって、いいよって言ってくれました。折角の高校最後の文化祭なのに彼の勇姿を見られないようではずっと後悔が残るでしょう。あっさり引き受けてくれたので安心しました。彼のシフトと交代しようと思ったのですが、いいよいいよ、と彼が言ってくれたので、ラッキーでした。


 午前中は後輩くんと屋台や展示を巡りました。昼を過ぎると、彼は劇の準備があるからと控室の方に入っていきました。一人になってから、彼の劇を見る前に何か食べるものを買って行こう、そんな時、一番最初に思い浮かべたのがかき氷です。勿論、味はブルーハワイ。流石に当日一度も顔を出してない自分が買いに行くというのは気が引けましたが、別にいいじゃないか、と開き直って買いました。


 それから、彼の劇が始まるのを体育館の前で待ってたんです。その時、ふと肩を叩かれ、振り返ると水向くんがいました。何か言いたそうにしていたのですが、お祭り騒ぎで声が全然聞こえなくって。少し人混みから離れたところに行こうということになって。北校舎の方に行きました。それでもうるさくって。階段で4階くらいまで行けば聞こえるだろうって踊り場まで移動したんです。


 踊り場のところまで行っても彼はなかなか本題に入りませんでした。後輩くんの劇の席を取っておかないといけないと思っていたので、私は少し焦っていました。そして凄く苛ついていました。文化祭の支度が忙しかったからでしょうか、最近ストレスを感じることが多くて。そのせいでもあったと思います。何が言いたいの?ってちょっとキレ気味に言いました。そしたら彼が、やっぱりシフトを代わることはできないって言い出したんです。今更言われても困りますよ。私だって予定があるのに。舞台上で輝いている彼の姿を見たいのに。だから、一度オッケーって言ったのに、そんなの無しだよって突き放しました。すると彼は、じゃあ僕じゃなくて他の人に頼んだら、と冷たい声で言いました。ただでさえ開演が迫ってるのに、もう遅いじゃないですか。私も我慢ならなくってつい言っちゃったんです。どうしていっつも優しいのに今日はそんなに酷いことするのって。彼はその瞬間急に怒ったような表情になりました。あんな顔、初めて見ました。いつも笑っている彼が別人に変わってしまったような、そんな感じがしました。彼は言ったんです。



 もう俺はおまえらにとって都合がいいだけの人間にはならないから。



 そう言って私に背を向けて階段を降りようとしました。待ってよ、って腕を掴んだんです。彼はそれを無情にも勢いよく振り払った。その弾みで、私はかき氷のカップを落としました。ブルーハワイが踊り場に散じてしまいました。彼は自分がやったことに気づいたのか、大丈夫って私に近づいてきたんです。ふつふつと形容し難い怒りが込み上げてきました。


 大丈夫なわけないでしょ。何なのよ、皆して、皆して、私にばっかり責任を押し付けるんだから。どうして私だけがこんなこと言われなきゃいけないわけ?皆やってたことでしょう。私だけじゃない!それに、あんただって頼りにされて調子に乗ってたでしょ。満更でもなさそうな顔してたじゃない!あー、そっか。全部好感度のためだったんだ。シフトを変わってあげるいいヤツを演じるために、皆の前で協力する形だけ取ったんだ。そっちこそ、都合よく私を利用しようとしないでよ!


 彼をありったけの力を込めて押しました。彼はよろめき、フェンスに寄りかかろうとしたんです。でも、不幸なことに足元は溶けたかき氷の水で濡れていた。彼はバランスを崩しました。そして頭からのけぞるように、後ろに倒れていきました。


気づいた時には、遅かった。水風船が潰れた音がして、階段の下を覗くと頭の潰れた彼が倒れていました。夥しいほどの血が流れていて、こちらを見上げている目は酷く虚ろで、もう生きていない、ということが一目で分かりました。真っ先に後悔したのは、床に落ちたブルーハワイのことでした。愛しき人との思い出の味。汚してしまって、ごめんなさい。


 どうして自首してきたのか?


 あの日、彼の劇を見終えた後、控室に会いに行ったんです。そうしたら、彼、驚いた顔をして、どうしたんだって。私の足元を見ていたんです。私の真っ白なソックスには青い水玉模様が無数にできていました。多分、かき氷を落とした時に飛び散ったのでしょう。その場は、屋台で仕事してた時にシロップを落としちゃって、と誤魔化して話は終わりました。それからすぐにソックスを履き替えたので、恐らく彼の他には誰もバレていなかったでしょう。それから程なくして、水向くんの遺体が発見されました。


 最初は誰にもバレなかったら、隠し通すつもりでいました。警察の方が彼の人物像について教えてほしいと言われたときも積極的に協力する姿勢を見せ、他殺が疑われないように仕向けました。総てがうまくいく、そう思ってたんです。そう安堵していた時、彼から会いたい、という連絡を貰いました。


 先輩が、水向さんを殺したんですか。


 ファミレスでそう聞かれました。驚きましたよ。まさか彼から、そんなことを言われるなんて。私を疑ったきっかけは、ソックスだったそうです。そう、ブルーハワイが飛び散ったソックス。彼は5組の他の生徒に、私のシフトを尋ねたそうです。そしたら私はどこのシフトにも入ってないって。嘘がバレてしまったんです。では、どこで青い飛沫が付いたのか。そこで彼は私と水向くんの事件を結びつけたのだそうです。あのかき氷は水向くんが買ったものではなく、私が買ったものではないか。そして、揉み合いの末、私がそのカップを落としてしまったのではないか。彼の見当はかなり核心を突いていました。でも私は、違うよと否定しました。シフトをサボったのは君の劇を見るため、ソックスの汚れは自分が買ったやつを中庭で落とした時に付いたのかも、とデタラメを言いました。いくら彼氏とは言っても、殺人を告白することはできなかった。彼はホッとした顔で、それなら良かったと言いました。


 帰ってから、ゴミ袋に入れておいたソックスを取り出してみたんです。一応、洗ってはみたんですが、着色料って全然取れないんですね。これだから人工物はって思っちゃいました。擦り洗いを繰り返しても、色素の跡は全く消えませんでした。拭っても、拭っても、ダメだった。次第に私は、彼の血痕がついたものを洗っているかのような感覚に囚われました。あぁ、私が彼を殺したんだ、とぼんやりとあの時のことを思い起こしていました。私はなんてことをしてしまったんだって。そして、ふと彼の言葉を思い出したんです。


 先輩はブルーハワイみたいだって。


 あぁ、違う。


 これは彼の血じゃなくって、私の血なんだって、その時気づいたんです。


あの時カップを落としたのは、彼ではなく私です。張り詰めていた糸がぷつんと切れたような気がしたんです。衝動に任せて私は、私を殺してしまった。


あれは、私が壊れた時の血痕なんだって、分かってしまったんです。


今の私は、ミステリアスでも何でもない。真っ黒な感情を制御することができずにぶち撒けてしまった、ただの醜い殺人犯です。


私は、私は――貴方が言ってくれた美しい青には、もう二度となれない――。


こんな私は、彼には相応しくない。


だから、総てに幕を下ろすことにしたんです。




 私が、水向晴を突き落としました。





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