五、親友

【3−1 陸本りくもと瑠々子るるこの証言】



 水向晴くんはどことなく翳りのある人でした。


 彼のことが話題に上がると友達と意見が食い違うんです。


 いつも明るくってヘラヘラしてるって彼女は言うんですけど、私はそんなところを見たことがなかった。会う度にいつも陰鬱そうな顔をしていました。


 彼とは1年の頃からずっと面識だけはありました。私は図書委員で放課後はカウンター当番をしていました。彼はほぼ毎日通い続けていた図書館ヘビーユーザーです。彼が読んでるのは小難しそうな小説ばかりで、私とは趣味が合わなさそうだから、声をかけるまでには至りませんでした。私はただ彼の借りる本のバーコードを読み取る、それだけの関係。見る度に彼は無表情、というか感情を読み取れない表情をしているんです。


 それで、一度彼と同じクラスの女子に聞いたんですけど。そんなことないよってめちゃくちゃ否定されました。なんか変だ、そう思って彼の教室を覗きに行ったんです。変態だなんて言わないでくださいよ。友達に会うって体でチラ見するだけです。そうしたら、驚いたことに彼が満面の笑みを浮かべて笑っているんです。正直なところ、不気味だと思っちゃいました。引き攣ったような笑い方というか。本心では絶対笑ってないってことが分かるような――。でも、私の友達は、別に普通の顔じゃんって言うんです。明らかに異様なのに。彼の周りにとっては、それが普通だったんです。それに、彼女はこうも言ってました。彼はとってもいい人だから。裏表があるような人じゃないよって。私はいい人っていう言葉が引っかかって離れませんでした。絶対何かある、そう思って彼に話しかけようとしたのですが、ビビりな性格のせいでなかなか言えませんでした。


 やっとのことで話しかけるタイミングが来たのは、2年生になってからでした。彼がようやく、私の知ってる作家の本を借りたんです。それ好きなんだって聞いたら、タイトルが斬新だったからって。それで選んだんだってちょっぴり落胆しましたが。私は本を通して、彼に近づこうとしました。当番が終わった後彼の座ってる席の隣に座って、話しかけてみました。結果は酷い塩対応でした。読書中にちょっかいかけられるのは好きじゃないって気持ちはわかるけど、少しくらい優しくしてくれてもって思いました。だから、せめてもの抵抗として彼が小説を読み終わるまで待ってみることにしたんです。そうしたら、とうとう彼も観念してくれました。変わった人だって彼に言われたんです。そっくりそのままお返ししてやるって言ってやりました。その後、二人で一緒にカフェに寄ってお話をしました。どんなって、高校生のお喋りなんて実りのないことが9割ですよ。ほとんど忘れちゃいました。


 それから、着実に私達は仲を深めていきました。と言っても放課後図書館に残ってしこたま生産性のない会話をしてただけですが。そんな中で、彼が無理をしてるという事に気づきました。彼は優し過ぎるんです。全部を自分一人で受け入れようとしちゃう。嫌なことを嫌と拒絶できない。そうやって自分を傷つけて苦しめる。彼は口には出さなかったけれど、言葉の端々から彼の痛みが感じ取れました。


 保健室に行ってみるよう提案したのは私です。もしかして、私のような中途半端に仲の良い関係だと言い辛いことがあるのかも知れない。大人の方が心を開けるのかも、とそう考えたからです。彼はそれを承諾してくれました。けれども、いつになっても彼の問題が解決する兆しは見えませんでした。やっぱり、緒賀沢先生にも言えてなかったんですね。そうだろうとは思ってました。


 でも、少しだけ良い変化は起きてたんです。彼は、クラスに1人だけ本当の友達がいるんだとある時教えてくれました。大人しいし静かだから、一緒にいると落ち着く、俺のことをちゃんと友達として見てくれてる、優しい子なんだって。その友達のことを彼はレイちゃんって呼んでました。嬉しかったのと同時に、その本当の友達のうちに、私は入れてるんだろうか、と複雑な気持ちになりました。そうしたら彼は言ってくれたんです。瑠々子も大切な友達だよって。彼は……とっても優しい、温かい人でした。


……ごめんなさい。……まだ、整理がついていなくって。ごめんなさい。



 *

 すみません。もう落ち着いたので、大丈夫です。


 事件当日のことですよね。1組は焼きそばを売ったんです。焼きそばって熱くても寒くても売れる鉄板メニューなので。焼きそばの屋台はかき氷の真正面にあって、中の様子もよく見えました。あの日、彼は朝から1時間以上屋台の中にいました。多分他の人達にシフトを押し付けられて、断れなかったのかな―って。


 友達と色々な劇や展示とかを回ってきて、1時半前に模擬店のテントに戻ってきたんです。そしたら、案の定彼がいて。受付をやっていたんです。かき氷を買うついでに彼にそれとなく聞いてみたんです。今日は遊べたのって。彼は悲しげに首を振りました。レイちゃんと回りたかったけれど、3人にシフトを頼まれてしまったって嘆いていました。5組の人って最低だって、心底軽蔑しました。普通、同じ人に何人も頼みます?それほど彼は都合良く扱われていたってことでしょう。聞いててこっちがイライラしました。断ればよかったのにって言ってしまいました、私。そうしたら、彼が断るのも悪いかと思って、とか弱気なことを言うもんだから。ガツンと言っちゃいました。本当の友達なんだから、この際良くないところはちゃんと指摘してあげないと、ってそう思ったんです。


「いい人って言葉に惑わされちゃ駄目。皆あなたのことを都合よく使っているだけなんだから。あなたはあなたの意志で動かないと。本当は友達と回りたかったんじゃないの」


 結構強めな口調で言いました。そしたら、でも約束したからってもぞもぞ言うもんだから、


「シフトを断るのが悪いと思うんなら、親友の誘いを断るのも悪いと思いなさいよ!」


 って大声で言っちゃったんです。周りの騒音も静かになるくらい声を張り上げちゃいました。それが彼に火を点けたみたいで、彼は真剣な顔で分かったと頷いて、テントから出てきました。あんたもアオハル楽しみなさいよっておどけて言ってみたら彼は嬉しそうに笑いました。嘘偽りのない、本当の笑顔でした。それから彼は人混みに溶けていきました。それが、私が最後に見た彼の姿です。


 私はその後、シフトが1人抜けて狼狽える5組の屋台をざまぁって思って見てました。あんたらが彼の友達なんて金輪際名乗るなって心のなかで毒吐きながら。マンゴー味のかき氷を受け取って、それからまた1組の友達と展示を回りました。


 まさか、彼があんなことになるなんて、思ってもいませんでした。ですが、生前の彼は希望を持っていました。彼は変わろうとしていたんです。友達と呼べる人に会いに行った、そんな人が自殺なんてするでしょうか。私は自殺説を否定します。もうひとつ。どうして彼は北校舎の階段に登ったのか。普通、あんなところに独りで登りますか?考えにくいでしょう。彼は恐らく第三者と階段を登ったのです。では第三者は何故名乗り出ないのか。彼が事故だとしたらそう伝えたらいいだけでしょう。そこから導き出される答えはひとつです。


その人物が晴くんを突き落とした、つまり――





二人が階段に上がったのは、多分話をするためです。中庭はうるさくってまともに会話ができません。特に彼の声は低いから雑音と混じって話が聞こえない。だから中庭から離れて、階段の方に行った。そこで口論になって揉み合いに発展し……


 彼は墜落した。


 私はそう考えています。


 疑わしき人物は誰か?もう分かるでしょう。



 水向晴は、私の良き友人でした。「良い」という言葉に、打算的な意味合いは全くありません。私は、彼を都合よく利用した5組の「自称」友達の方々とは違います。私は、晴くんの親友でした。私は、晴くんを利用した人たちを、そして彼を突き落とした犯人を絶対に赦しません。





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