三、怨敵

【3−5 五反田ごたんだ蜜果みつかの証言】



 水向晴のことが、殺したいほど大嫌いでした。


 もしかして皆さん綺麗なことばかり仰ってたんでしょうか。いい人だった、惜しい人を失くした、とか。考えただけで鳥肌が立ちます。どうして彼に対してそんなことを思うのか、不思議でなりません。皆でまかせを言ってるんですよ。ホントのところは死んでほしくてたまらなかった。少なくとも、あたしはね――死んでくれて、せいせいしました。


 人格者って、ムカつきません?そういう人って大抵なりすましですよね。本当はいっちばん腹の底が真っ黒。人間たるものが生来持ってる筈の汚らしいものを、持ってないフリをするんです。そうして装った美しい自分を見せびらかして、それに気づかない人たちによって称賛される。化けの皮を剥がしたらどんなものが見えるんでしょうね。


 彼は所謂エセ人格者だったと思うんです。あたしが教室で見る限り、いつでもヘラヘラ笑っていました。渡り鳥のようにグループを行き来し、どこからも認められる。一見素晴らしい人のように見えるかも知れませんが。彼が内心あたしたちを馬鹿にしてるような気がしてならないんです。お前らは誰かと固まって内輪だけで仲良し小好ししてるんだろ、俺はどこにでも認められてるってのに、みたいな。スカしてる感じっていうか。


 僻みだって?そんなの百も承知ですよ。えぇ、あたしは彼に嫉妬してた。何でも卒なくこなす八方美人野郎にね。どこにでもいい顔して、裏ではどう思ってるのか分からない。あたしたちを馬鹿にしてる、蔑んでるような気がして。気味の悪い笑顔を貼り付けちゃってさ。あーキモい。



……ごめんなさい。慎みます。兎に角、彼はあたしにとって苦手な人種だったんです。もう、彼との関係についてはいいでしょう。


 Tシャツのこと?あぁ、毎年文化祭の度に発注するやつですね。たった一日の為に買うんだから勿体ないって思うんですけど。普段使いは流石にできないです。袖の辺りに鳥肌級のスローガンがプリントされてるんです。今年は確かね……


「ウチらのアオハル 心はひとつ! ズッ友だよ♡」


あぁ、思い出しただけでも寒気がしてきた。きっしょ。幼稚なデザインにも反吐が出そう。考えた人の顔が見てみたいです。何がアオハルだ。ふざけんなって話です。文化祭なんて、楽しんでるのは一部だけですよ。まぁ、あたしは授業が減るから好きだったけど。


シャツは全校皆同じ青色です。薄ら寒いスローガンともお似合いの色じゃないですか。文化祭が終わった後?あたしは着ませんよ、あんなもの。我が家では母の部屋着になってます。


当日、水向を見なかったか?さぁ……。



 あ。


 あの人、女といるのを見ました。


 2時前です。校舎の方に向かって歩いてました。シフト表見たら、2時からの枠にも彼の名前があって、次シフトなのに何悠長なことしてんだろって苛つきながら見てました。さしずめ彼女か何かじゃないですか?あたしその日メガネ忘れちゃって、誰だったかははっきり見えなかったです。じゃあ、何で男が水向だと分かったのか?それは……センサーみたいなものでしょうか。嫌いなやつの行動が目についちゃうことってありません?シルエットだけでも分かってしまうんですよね。あぁ、やだやだ。それって一周回って好きなんじゃないか?ないない。彼が死んでなかったら、危うくあたしが手を下すところでしたから。それぐらい、大っ嫌いでした。


 どうしてそんなに彼のことを毛嫌いするのかって?それ、さっき言いませんでしたっけ。あなたも言いましたよね、それはただの嫉妬だって。嫉妬ですけど、何か?


 いつだって、水向が一番だった。勉強も、人望も、何もかも。あたしは万年2番でした。定期考査だってどれだけ頑張ったって、彼には及ばなかった。いつも彼はオール満点に近い点数を出して、それを皆に見せ回っていたんです。凄いだろ、とは言ってなかったけど、それに近い思いはひしひしと感じた。周りのヤンチャな子が彼のテストを奪い取って、それを皆に大声で伝えるのがいつもの流れ。それに対してやめろよーって全く止める気のない、あの間の抜けた声。反吐が出そう。ホントはやってほしくって仕方ないんじゃないのって思ってました。


 クラス委員長を決めるときだってそうですよ。あたしは1年、2年とその役目を果たしてきました。毎年立候補制だったのに、今年はどっかの輩が水向がいいんじゃないって推薦したせいで散々なことになった。水向は謙遜して、いいよいいよって言っておいてちゃっかり前に出てきた。あたしも負けられない、と思って前に出たんです。そうしたら、水向が前に出てきた時は皆囃し立ててたくせにあたしの時は、しーん。痛いくらいの静寂でした。それで、多数決で表が多かった方にしようって案が出て、採決を取ったら満場一致で水向がクラス委員長に決まった。悔しかった。何でこいつなんかがそんなに支持を集めるのよ。偽善者の分際で!って思いながら、席に帰ろうとした時。彼があたしを呼び止めたの。


どうしてだと思う?


「やっぱり、重役は僕には向いてないよ」


彼はそう言って、笑顔で私に委員長の座を譲ったんです。ブーイングが起こりました。どうしてだよ、って。いやいや、一番キレたいのはあたしですよ。どうしてだよ!って胸ぐらを掴んで問いたかった。あたしは、皆の前で恥をかかされたんですよ。人望が圧倒的にないというのを見せつけられ、その上決まったかと思えば、役を譲るだなんて。ふざけてるんですか。善意のつもり?あたしがどれだけプライドを傷つけられたか分かってるの!しかも、あの人は、あいつは、それを満面の笑みで言いやがったんです!


 そうして彼は善人として一層崇められ、あたしは彼から役を奪った悪人のレッテルを貼られた。


 ねぇ、何なんですか?どうしてあたしが悪いことになるんですか?あたしがいけないんですか?


 ねえ!


 全部、全部、あいつが悪いのに!死んでしまえ、このゲロカスが!



 ……あ、そうだった。もう死んじゃったんでしたね。



 あーあ。どうせなら、あたしが殺してやりたかった。


 あたしが彼を殺したんじゃないかって?残念、あたしには不可能。あたし、2時からのシフトだったんだけど、暇だったから1時半過ぎには来て手伝ってたので。彼が死んだ時は丁度仕事中。彼は殺せません。少し抜けて、階段に行くことができたか?繁盛してなかったし、できたと言えばできたかもしれないけど。持ち場で他の子と話してたから。その子に聞いてみたらアリバイは確実ですよ。


 ところで、今思い出したことなんだけど。あの人、水向に関する噂ですよ。


 他の人から聞きませんでした?結構有名ですけど。



 保健室の先生とできてるんじゃないかっていう。


 そう言えば、あたしが見た、彼と一緒にいた女。生徒ってのは先入観で、先生だったのかも。当日はどの先生もあの青いTシャツ着てたわけだし。痴情の縺れ、とか?ミステリーでありそうなお話よねー。


 まぁ、恨まれていてもおかしくないような人だったし。


 もし、誰かが彼を殺したと言うなら、あたし、その人に会ってお伝えしたいんです。


 水向晴を殺してくれてありがとう、って。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る