第4話 彼女の魔法

 しかし……本当に魔法なんてあるのだろうか? 彼女は本当に魔法使いなのだろうか?

 昼休みの食事前に俺は考えながらトイレへと向かっていた。

 すると廊下でばったりと彼女と出くわした。彼女は俺を見つけるとパッと明るい顔になり、駆け寄ってくる。


「パン買ってきたわよ。どうぞ! あたしのおごりよ!」

「あ、ありがとう」


 お詫びとか言っていたが本当に買ってきてくれたのか。

 俺は戸惑いながら彼女からパンを受け取る。すると彼女は嬉しそうに笑って言った。


「トイレに入る前に渡せてよかったわ。じゃあ、あたしはこっちだから」

「あ……ああ」


 そして、それぞれの性別のトイレに入ろうとして……俺はふと疑問に思う事があって立ち止まった。


「おい、俺は別にトイレで飯を食うわけじゃないぞ?」

「え? ……ほええええええええ!?」


 彼女はリアルでは聞いたことがないような奇声を上げて驚いたように目をパチクリさせた後、この世の終わりのような絶叫を上げた。そして、震える指先を俺に向けた。


「もしかしてリア充の方でしたか?」

「そう見えるか?」

「んーーーん、全然」


 彼女は素直に首を横に振る。正直者の口なのは結構なことだ。


「弁当は普通に教室で食べるよ。一人でな」

「そっか」


 彼女は納得したように呟くと、


「じゃあ、あたしはこっちだから」

「待てよ」


 トイレに入ろうとした彼女のマントを掴んで止める。彼女は驚いて振り返った。


「な、何するのよ!?」

「どうせ後でまた俺のところへ来るんだろ? だったら一緒に屋上で飯食おうぜ。トイレを済ませてからな」

「そうね。あそこなら誰もいないしちょうどいいかもね。分かったわ!」


 彼女は笑顔で了承するとトイレに入っていった。俺も遅れて中へ入る。

 さて、あいつの魔法はどこまで信用できるものなのか……。

 そんなことを考えつつ、俺はここでの用を済ませるのだった。




 というわけで、彼女と一緒に屋上へやってきました。ここでどんなドラマが展開されるかというと。


「もぐもぐ……」

「もぐもぐ……」

「暑いな」

「もぐもぐ」

「お茶いる?」

「もぐもぐ」


 誰もいない屋上で二人きり。何も起きないはずはなく、


「「ごちそうさま!」」


 俺達は弁当を食べ終わるのだった。


「いや、何も起きねえよ!」

「何か言った?」

「いや、別に」

「空耳かしら」


 弁当をしまって魔法使いのマントをなびかせて彼女は元気よく立ち上がった。


「いよいよ、あたしの魔法を見せる時が来たようね」

「ああ、888888」


 拍手する俺。彼女は少し照れたように笑ってから言う。


「何の魔法を見たいか決めさせてあげる。前に言ったような友達を作りたいみたいな禁呪級の魔法は駄目よ」

「そうだな……じゃあ、あれだ」

「あれってどれよ」

「いや、あの……ほら、あれだよ」

「はっきり言いなさいよ!」

「うーん」


 そうは言っても特に無いんだよな。具体的に彼女が何をできるのか分からないし、そもそも何で俺が魔法を見たいみたいになってるんだっけ。

 まあ、別に見たくないわけではないし興味はあるんだけど。なので正直に言ってやることにした。


「何でもいいぞ」

「何でもが一番困るのよ!」

「うわ、お約束」


 怒られた。俺は空を見上げて考えて言った。


「青い空に白い雲。世界は平和だ。よし、なら何か召喚獣を見せてくれよ」

「何かって何よお」

「それはほら、バハムートとかいろいろあるだろ?」

「注文が多いわね。まあ、呼べるか分からないけどやってみるわ……」


 彼女はぶつぶつ言いながら杖を構え始める。そして集中し始めた。一体何が出てくるのだろう? ドキドキしていると彼女はカッと目を見開いて叫んだのだ。


「いでよ!『バハムート』!!」


 その言葉と共に空から何かが降ってきた。それは地面にぶつかるとボヨンと弾んで着地した。そいつは四本足で立っていて、前足を手のようにして持ち上げると顔をこすったのだ。


「にゃー」


 ああ、こいつの名前は知っているぞ。俺の脳内にはそいつの名前が浮かんだ。そいつの名前は――


「猫だろ!?」


 そいつの姿はどう見ても近所にも出てくる猫だった。屋上にまで上がってきたのだろうか。猫ならば可能だろう。猫はきまぐれだから。

 俺が叫ぶと彼女も叫んだ。


「バハムートだわ!!」

「いや、猫だろ」


 俺と彼女とでは見えている物が違うというのだろうか。それともベヒーモスを見てバハムートとかいうこじつけなのだろうか。

 こいつはどう見ても猫だろうが。

 俺が不満そうにしていると彼女は猫を指さして言った。


「いや、種族にバハムートって書いてあるじゃない。ステータスオープンして見てみてよ」

「よーし、それならステータスオープン!」


 俺は言われるままに指を振って叫んでみるが反応はない。それでも諦めずに何度も試してみたのだが結果は同じであった。


「見えねえ……って出来るか! 漫画じゃねえんだぞ」

「えー、ステータスオープンも出来ないのお……?」


 呆れたような目を向けてくる魔法使いの少女。そんな目で見られても見えないものはしょうがないじゃないか。俺は魔法使いではないんだ。


「ステータスオープン!」


 悔しいので俺はもう一度やってみたがやはり駄目だった。彼女は猫を抱き上げると呆れたように言った。


「やっぱりあなたには見えないのね。これだから無能力者は……」

「いや、俺がおかしいわけじゃないからな。俺が普通だからな? 平凡な男子高校生を舐めるなよ。それにバハムートだと言い張るならメガフレアでも吐いてみせろよ」

「ええー、そんなことしたら学校ごと吹き飛ぶじゃない」


 確かにその通りだ。正論だ。なら他にどうしろと言うのだろうか。

 考えていると猫がニャーと鳴いて彼女の腕を抜け出し、そのままトコトコと屋上を去っていった。


「やっぱりただの猫だったんじゃ……」

「ふう~、大物を召喚したからMPが切れてしまったわ」

「ええ!?」

「じゃあ、魔法は見せたってことで、これで解決ね」

「……」


 一仕事終えたような満足感のある顔でそう言うと彼女も屋上をトコトコと去っていったのだった。残されたのは俺一人である。

 どうやら俺は知らない間に魔法を目撃していたようだ。全くもって実感がないけどな。


「なるほどあれが魔法か……」


 何とも不思議な気分である。確かに俺は魔法を目撃していたのかもしれない。そう思って風に吹かれていると、


「あ、こら待てーーー!」

「ニャー!」


 気まぐれな彼女と猫が戻ってきた。


「いや、やっぱり猫だろ!」


 叫びながら俺は彼女と猫を捕まえるのを手伝ったのだった。

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