5.流れゆく日々、そして冬が来る

 それから、流れるように日々は過ぎ去った。


 俺は毎日のように咲菜のいる病室へと足を運ぶようになった。その日の授業が終われば、すぐに教室を飛び出して病室へと駆けていく、そんな日々だった。バイトがある日だって、時間に空きさえあればすぐに咲菜のもとへ向かった。


 春が来た。


 だんだんと暖かくなってきて、小鳥が歌い、花たちは踊りだすような、そんな季節がやってきた。そして、俺は進級した。新しいクラスのことを沢山話した。新しくできた友達や、もっとむずかしくなった勉強のこと。どれも新しいことばかりだった。またいつか、咲菜が学校に通える日が来てほしいと、心からそう思う。


 夏が来た。


 蝉の鳴き声が病室の窓をたたく。そして、夏の到来というのは、つまり咲菜の誕生日の到来を意味する。俺はギラギラと痛いほどに照りつける太陽のもと、プレゼント探しのためにあちこちを走り回った。俺は顔面より一回りほど大きい白猫のぬいぐるみを買ってきた。咲菜は以前、ずっと猫を飼いたいと言っていたのだ。俺はそれをベッド横のタンスの上に置いた。咲菜も笑ってくれているといいなと思う。


 秋が来た。


 一気に涼しくなって、蝉と交代するようにキリギリスが鳴き始める。町並みは茜色に移り変わっていた。秋というのは、何故か食べ物がより一層美味しく感じる。最近はバイト先のまかないの秋の味率が増えて、そのおいしさに油断し太ってしまった、ということを話した。


 こうやって話しかけ続けていれば、咲菜も淋しくないだろう。もう一人にはさせたくない。咲菜も俺も幸せでありたい。


 毎日はまぶしいまでに色づく。鮮やかに美しく、そして華やかに。こんな毎日を咲菜にも見てほしい。早く目覚めてほしいと、そう思うばかりだった。 ああ、俺はきっと幸せだ。


 そして、また冬が来た。


 町の色は消えていった。しかし、雪が降り、家屋に真白の化粧が施されていく。


 クリスマスが来た。またまたプレゼントを買ってくる。今度も猫のぬいぐるみだ。しかし、今回は黒色。白猫と並べるとかなり映えるのではないかと思って買ってきた。またもタンスの上に並べる。


 ……これは、本当に咲菜の幸せになっているのだろうか。


 俺の自己満足なのではないか。


 なぜだろうか、自信がなくなっていく。冬だからだろうか。その寒さがそうさせているのだろうか。町はただただ白く冷え込んでいく。その熱を奪っていくかのように。


 でも、もう止まることはできない。


 俺は決めたんだ。咲菜と一緒にいるということを。




 今日は大晦日だ。


 病院側に許可を取って、咲菜と一緒に年越しできることが決まった。当然、年越しそばだったり特別なものは用意できないが、もう咲菜といっしょにいられるだけで十分だった。もうそれ以上は何もいらないのだ。


 病院に向かう途中、ぽつりと頬に何かが落ちる。雪が降ってきたようだ。俺はただただ走って、咲菜のいる病院を目指した。携帯の着信など気にならないほどに、夢中になって走った。


 ああ、何年ぶりだろう。咲菜と年越しだなんて久しぶりだ。年が明けたら咲菜の代わりに初詣に行って、お守りを買ってこよう。そして、ぬいぐるみの並ぶタンスに置いておこう。そうすれば、今年こそ咲菜は目覚めるはずだ。


 咲菜と過ごした一年間、俺は本当に幸せだった。今までにないほどに、世界は色づいて見えた。そんな毎日を過ごすことができた。


 そして、咲菜が目覚めるまでずっと楽しいことをして、そして、目覚めた後はもっと楽しいことをしたい。そうして、二人で笑っていたい。


 休日には、父もつれてどこかへ遊びに行こう。遊園地だっていいし水族館でもいい。キャンプに行ってもいいかもしれない。


 あと、咲菜が飼いたいと言っていた猫を飼おう。そうすれば、また家族が増える。

 そして、母さんにだって報告したい。そうすれば、また家に戻ってきてくれるかもしれない。そうに決まっているのだ。


 ああ、来年は何をしよう。そんなことを考えると、もっと、もっと足取りが軽くなった。まるで体が鳥になったようだ。俺たちは、いつか見た鳥のように強く未来へ羽ばたける。その先にあるのが、俺の────俺たちの幸せであることを信じながら。

 そして、俺が病院へとたどり着いた頃────

 










 ──────咲菜の心臓が止まっていた。









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