第12話 我、修理ノ進捗ヲ報告ス

 伊163機関科所属・夏野昭三一等兵は、この日、機関長・権田伝蔵特務少尉の指揮下のもと他の科員と共に、米駆逐艦の爆雷攻撃で生じた艦体後部の破孔部の補修作業にあたっていた。


 破孔部は運が良いことに艦体の上部にあり、しかも後部魚雷発射管室の水雷員達が命を賭して、隔離作業を行っていたため、排水作業を行い破孔部を補修さえしてしまえば、潜水には不安はあるものの、航行する分には問題ないだろうと権田機関長は判断していた。


「夏野! そっちの溶接はどうだ!」


 権田の声が飛ぶ。夏野は汗を拭いながら応答する。


「順調です! あと少しで完了します!」

「よし、急げ! 日が落ちる前に終わらせるぞ!」


 と権田が科員達を叱咤激励していると、そこに小野瀬のもとを辞した主計長の山崎が現れる。


「権田機関長、少しよろしいでしょうか」


 山崎は甲板の上から身を乗り出す権田にそう呼びかけた。権田は手を止めて山崎には身体を向けた。


 夏野も作業に戻るが、日頃余り関わりのない、それも歳の近い士官に興味を抑えられず近くで聞き見を立ててしまう。


「なんでしょう、山崎中尉」

「艦長からの指示です。全体の進捗状況と、補修の見通しを報告してほしいとのことです。それに応じて今後の計画を考えると」


 冷静沈着な山崎の声に、

 権田はしばらく考え込んだ後、重々しく、威厳を湛えた声で返答する。


「順調に進んでいるが、細かい部分の補修にはまだ二日ほど時間がかかりますな。今も艦の潜行能力には問題があるが、航行はできる。もっとも、あくまで暫定的な修理だから、完全な安全を保証するわけではありませんが」


「なるほど、了解しました。そのように艦長に伝えます」


 山崎が立ち去ろうとしたその時、権田が声をかけた。


「山崎中尉、一つ聞きたいことがあります」


「はい、なんでしょうか」


「この世界での生活について、具体的な計画は立てられているのか?」


「計画、と言いますと?」


「我々は元の世界に帰るつもりです。しかし、それは容易なことではありますまい」


「……はい、おそらくは」


「もし帰る手段が見つからない場合の事も考えておかねばならない。でなければ我々はこの世界で朽ち果てることになる……。それをどう考えているのかと聞いていますか」


 権田の口調は冷静だったが、その目は山崎を値踏みするかの如く鋭いものだった。


 権田は下士官から成り上がった特務将校、つまり元は唯の一兵卒であった。

 それがここまで来るまでには、数々の修羅場を超え、かつ人並み以上に努力して自身の能力を磨き上げてきた。

 だから彼はぽっと出の、促成栽培のような目の前のこの若い士官がどうにも気に食わない。


 だが、対する山崎はと言えば、「そうですね……」と特に動ずる様子もなく淡々と答える。


「……もし帰る手段が見つからなかった場合は、艦長はこちらの政府、或いはそれに準ずる何某かと対等以上に交渉を行なって、最低限の生活水準だけでも維持する心持ちのようですな。

 ……例の少女から交渉にたる立場の者がいる町の所在も確認済みのようですし、…………ただ」


 そこで山崎は言葉を切り、

「ただ?」と続きを促す権田にこう答えた。


「……いえ、我々ならばもっと上手く立ち回れるのではないかと、私は考えます」


「ほぉ……?」


 その言葉に、権田の眉根が微かに動く。


「例えば、我々にはこの世界には存在しないであろう物品を多数保有しています。

 少なくとも上陸した者たちからの報告によれば、文明水準は中世ないし近代程度。

 もっとも、町すらないこのような辺境では、確認しようがないと言われればそれまでですが……。

 ですがもしそれが確認されれたならば、この艦は、例え補給に問題を抱えていようとも巨大な武力を誇る事になる……それを元により優位に交渉を……或いはそれ以上の行為を以ってして我々の立場を確立することも……」


 山崎がそこまで語った時だった。権田が「まて」と小さく、しかし鋭く制する。


「つまりそれは、敵対もしておらぬ相手を武力で威圧すると? 我々の常識に照らして、それは恥ずべき行為では!?

 帝国海軍軍人として恥ずべき行為だ!」


 山崎はその言葉を聞き、呆れたように溜息を漏らす。


「権田少尉。何も私はこの潜水艦単艦で異世界を侵略せよと申している訳ではありません。

 ただ、我々の力の有用性を誇示したほうが交渉も上手くいくのではないかと言っているだけです。

 もっとも、その交渉相手の姿形すらわからない今、言ってみても無駄かもしれませんが……。

 まぁ、この艦の乗員が元の世界に帰りつけるのが何よりですがね」


 山崎の言葉に、権田は仏頂面のまま沈黙する。そして暫くの後、「そうですか……」とだけ呟き、それっきり何も語らなくなったのだった。


 それを近くで聞いていた夏野はふと思う。

 この艦の首脳部はひょっとしたら自分が考えているよりも一枚岩ではないのかも知れないと。

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