第4話 各科士官ハ至急士官室ニ集マラレタシ

謎の飛行生物との戦闘が終わったのち、小野瀬は、艦の修理を権田に一任すると、権田を除く伊163潜の幹部を全て集め現状を説明する事にした。



 艦内放送の後、士官室には続々と艦の中枢たる男達が集まってくる。


 副長兼航海長である牧島中尉。艦の兵装を一手に預かる砲雷長に物資を管理する主計長。そして後は潜水艦には珍しい、というよりは前線の拠点に向かうために偶々乗り組んでいた陸軍・・の軍医中尉。


 艦長たる小野瀬と、この場に居ない機関長の権田と合わせ、彼等が伊163潜の乗員60余名の命を預かる幕僚たちとなる。


 集まった一同は一様に困惑の表情を浮かべている。

 彼等も異常な事態が連続していることを肌身で感じ取っているのだろう。


「艦長、まずはご無事で何よりです」


 真っ先に、口を開いたのは最先任の牧島。

 先程の飛行生物との戦いでは艦内を良く掌握し、的確な指示を出していた。未だ若く未熟な部分もあるが、小野瀬としても信の置ける部下である。


「あぁ、ありがとう。

 ……さて、現状の説明をする前にまずは各科の報告から聞こう」


 小野瀬の言葉を皮切りに、各科の報告が始まる。


「では、私から。

 残存魚雷は前部10本。艦尾4本。

 浸水の影響で艦尾魚雷発射菅室は使用不能です。――要員4名は退避が間に合わず……」


 悔しげに報告を行うのは砲雷長である小森太吉少尉。

牧島中尉の1期下で、年齢も近い事から二人は仲が良い。


 東京は神田の下町生まれということもあり、人情味のある性格をしていて部下に大変慕われてもいる。


 子供の頃から時計の分解・組み立てが趣味だったという筋金入りの職人気質で、魚雷の調整においてもその腕は確かなものだった。


「……そうか、残念だ」


 小野瀬はそう言うと目を瞑り黙祷をする。彼にとっても戦死した者達は大切な部下であり、こと潜水艦という密閉された環境においては家族以上の繋がりがあった。


 その横顔を見ながら、小森もまた静かに祈りを捧げる。


「……次は自分から」


 次に報告を行ったのは主計長の山崎清二主計少尉。

 彼は元々海軍ではなく商業高校を卒業した後、事務方の任期付士官として海軍士官となった経歴を持つ。


 そのため、何処か軍人らしからぬ言動も多く、軍人というよりは会社勤めの月給取りといった容姿をしている。人によっては軟弱な印象を受けるかもしれない。


 しかし、本人は至って真面目であり、また数字に強く、物事を客観的に見れる冷静な人物でもある。


「糧食は一部が海水に浸り駄目になりましたが、まだ2ヶ月分は大丈夫です。

 また陸軍向けの補給物資である糧食、武器弾薬は殆ど問題ありません。

 後は、艦が浮上した折りに私の判断で臨時の戦闘糧食を乗組員に配付しました」


 山崎の言葉に小野瀬は軽くうなずくと「了解した」と答える。


「あの~私からも良いでしょうか」


 続けて、丸眼鏡を掛け、似合わぬ陸軍の軍装を纏った軍医が手を上げる。

 名を山田一毅という。歳の頃は30半ば。


 彼もまた軍人らしく見えない男だ。


 帝大の医学部を卒業後、大学病院で医師として働いていたエリートなのだが、その平和主義的な性格から憲兵に睨まれ、軍医士官として徴用の上で前線送りにされたという曰く付きの人物である。


 もっとも、その学識豊かで理性的な人柄は、伊163潜の幹部たちから概ね好意的に迎えられていて、その境遇においても同情されている。


「何ですかな?」


一応はお客さん・・・・である為、敬語で対応する小野瀬。


「えぇ、実は私、今回の戦闘において何もしないというのも心苦しかったので負傷者の手当てを行っていました。

 幸いにも軽傷者のみだったのですが、その中に1名気になる事を言っていた者が居りまして……」


 その言葉に小野瀬は僅かに眉根を寄せると、山田をじっと見つめる。


 その視線に気圧されたのか、少したじろぎなからも言葉を続ける。


「そ、そのですね……。

その兵士なのですが、酷く興奮して『無人の艦内で人魂に襲われた』だの『海から歌が聞こえた』だのと意味不明な事ばかりを言うんです。

 ……ただ、我々も集団で気を失っていたのは事実。それと何かしら因果関係があるのでは、と」


「……ふむ」


 確かに、普通に考えればあり得ない話。その兵士が錯乱してしたと考えるのが自然だ。


 ――だが、小野瀬、それに牧島も知っている。確かに海中から歌声が聞こえてきたのだと。


 だからこそ、その兵士の言動もあながち嘘ではないのでは?と思えた。


 隣に座る牧島と視線を合わせる小野瀬。

 牧島も小野瀬と似たような事を考えていたようで小さく肯く。


 二人の意思疎通を確認してから、小野瀬は口を開く。


「……その乗組員には、後程自分が話を聞こう。

 ……他に報告する事がある者はいるか」


 小野瀬の言葉に皆一様に押し黙ったまま。

 小野瀬は一つ咳払いをすると、再び話し出す。


「では、いよいよ現状を説明しよう。

 ……どうか、驚かずに聞いて欲しい」


 小野瀬の真剣な雰囲気を感じ取った一同は息を飲む。


 小野瀬は語り出す。

 ――この艦が、現在、どういう状況に陥っているかを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る