第十幕 黎明 ②
「オイオイオイオイ、どういうこった? こいつは何言ってやがる?」
竜巻が言う。
他の者も訝しげに顔を見合わせていた。
「何のつもりだ、灰泥?」
康峰は煉真に言った。
煉真が鼻で笑う。
「はっ、どうもこうもねえ。俺はもうオシマイだ。どうせこれから牢屋にぶち込まれるなり殺されるなりするなら、最後にこの学園を引っ繰り返してやるのも悪くねぇと思ってな」
「どうしてそんなことを言う? お前はそんな奴じゃないだろ?」
「俺がそんな奴じゃないだって?」
煉真がわずかに身を乗り出す。
周囲の青色たちが慌てて彼を抑えつけようとした。だが彼はそっちには目もくれず康峰に食って掛かる。
「俺がどんな奴か分かんのか? あいつの話を聞いてなかったのか? 俺は今回、自分の意思であいつに入れ替わった。いままでみたいに勝手に入れ替わったわけじゃねえ。これでもまだそんな寝惚けたこと言えんのか? ——ああ、そうだ。俺が殺そうとした。あんたや沙垣が死ななかったのは、たまたま運がよかっただけだ……」
煉真の声は震えていた。
強がってはいるがその声はかつてないほど乾いて、罅割れている。こんな様子の彼は見たことがない。
康峰はしばらく黙ってその目を見返し続けた。
「何があったんだ、灰泥」
康峰は何とか足に力を入れた。
ようやく立ち上がる。
「殺人バットの話なら覚えてる。奴はこうも言ってた。お前は自分が弱くて何も守れない、うまくいかないと思ってる、だから殺人バットに任せたってな。それは本気か? 本気でそんなことを思ってるのか、お前が?」
「……分かりゃしねぇよ、あんたに。俺はあんたが羨ましいぜ」
「俺が?」
「そんくらい最初から弱けりゃ何も悩む必要もねぇよな。まぐれで俺を、あいつを倒しただけのくせに。何もしてねぇくせに……」
「灰泥……」
康峰はこれ以上何を言っていいか分からなかった。
どうやら煉真は相当自棄になっているらしい。いまの彼に何を言っても無駄かもしれない。
「もういい」
煉真が呟いた。
「どのみち俺は——」
何か言葉を続けようとして、ふと息を詰まらせる。
その視線は康峰からその背後に向けられていた。
康峰も視線を追うように振り返る。
男がひとりこっちに向かって歩いてきている。
先日負傷し病院にいるはずの戦闘教官が、なぜかそこにいる。
それだけじゃない。
彼の金属の義手を付けていたはずの右腕は、肩口から引きちぎられていた。その肩口を抑えながら、ふらふらと歩いてきている。頭や顔は血に濡れ、入院服は汚れ、到底まともな状態とは思えなかった。
「この野郎……!」
突然煉真が激しい勢いで立ち上がろうとした。
「お、おい!」
慌てて青色が抑えに掛かる。
《
「ノコノコと現れやがって、このクソ野郎! お前だけは殺す!」
「どうしたんだ、灰泥⁉」
「そいつの言うことに耳を貸してはいけませんぞ、
近くまで来た鬼頭がぴしゃりと言った。
「何しろ人殺しの狂人だ。私も彼に病院で襲われこの通りです。奴はここに来る前に病院で私や入院していた生徒を手に掛けようとして——」
「ふざけんな!」
煉真が唾を飛ばして叫んだ。
「
「荻納を……?」
康峰は呟いた。
鬼頭はゆるゆると首を左右に振る。
「話にならんな。手の付けられない殺人鬼のうえに虚言癖まであるのか。それとも人格の入れ替わりで混乱でもしているのか……何にせよ、耳を貸してはいけません。私に荻納
確かに、そんなものがあるとは思えない。
だが——
『お前の彼女ちゃんに薬キメて人殺しの恰好させてたのはあのクソ親父だぜ。しかもさっきも盾にして殺そうとした。あの様子じゃもう死ぬんじゃねーの?』
殺人バットはそう言っていた。
殺人狂の挑発や虚言かもしれない。その真相を確かめる猶予はなかった。
だがいまの煉真の剣幕が演技とは到底思えない。
それに、まだ不可解なことが残っている。
あまりに大変なことがいっぺんに起きたので忘れていた——と言うより気にする余裕もなかったが、そもそも昨夜康峰は衿狭が殺人バットの恰好をして現れた一件の真相を調べていた。
なぜ彼女は殺人バットの恰好をして先達たちを襲ったのか。
そもそも彼女は猫工場で姿を消したあとどこへ行ったのか。
その謎がまだ解決していない。
「おいよく聞け、お前ら!」
煉真は抑えつけられた格好のまま、周囲に向けて喚き散らした。
「こいつが荻納を殺人バットにした! それだけじゃねぇぞ、
「黙れ殺人鬼」
鬼頭が叩きつけるように言った。
「お前の言っていることは支離滅裂だ。この期に及んで罪を私に着せる気か? それにしてももう少しマシな嘘を考えるんだったな。聞くに堪えんわ。いま黙らせてやる」
そう言いながら煉真に歩み寄る。
確かに煉真の言っていることはあまりに突飛だ。何を言っているのかもよく分からない。鬼頭の言う通りかもしれない。
だが——
「待ってください、鬼頭先生」
康峰は声を絞り出した。
「聞くだけならいいでしょう。天代守護が来るまでのもう少しの間」
「先生、それでは……」
「それとも何か都合が悪いことがあるんですか?」
「彼は犯罪者です」
「それでも」
康峰は言った。
「生徒です。私の。——それに、貴方にとっても」
鬼頭は言葉を見失ったように視線を泳がせた。
それを見て康峰は這い蹲る煉真に視線を向ける。
「どういうことだ、灰泥。順序立てて話さないと信じるものも信じられん。慌てなくていいからちゃんと説明してくれ」
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