第七幕 無明長夜(中篇) ④
「俺たちは生まれながらに人並外れた能力を持ってた。けどそれをそのまま使わせてたんじゃ危険すぎる。何せ使いようによっちゃ子供でも大人を殺せる代物だからな、これは。レンのことでそれは証明済みだ」
灰泥煉真は物心ついた頃から父親の暴力を受けていた。そして幼くして父を撲殺している。
確かに武器や状況次第で起こらないことではないと深くは考えなかったが、もし彼が《
「だから使徒はそんな子供たちを集めて、一か所で管理するようにした。
「……そんなこと——」
紗綺が惚けたように自分の掌を見つめて言った。
「これが……この力が元々持っていたもの? 使徒が……嘘を吐いていたと言うのか、私たちに?」
「そーいうこと。やっと気付いたか、お人形さん?」
紗綺はすぐには返す言葉が出ないようだった。先達も同様だ。
その先達にちらりと目を向けつつ殺人バットは続けた。
「ま、全員が全員そんなすげえ能力者とは限らねぇけどな。この学園の生徒が卒業生含めて何百人だか知らねぇが、いくらなんでもそう大勢生まれてくるとは思えねぇ。なかにはダミーとして入学させられるただの可哀想な子供もいるかもしれねぇな?」
先達は答えない。
確かに、それだけ危険な能力を持つ人間が大量発生すれば使徒といえど管理するのは難しい。先達がそうとは限らないが、鴉羽学園には結局能力与えられずそのまま卒業する者もいる。
殺人バットがダミーと言ったのはそういう意味だろう。
ぱん、と殺人バットが手を叩いた。
「はい、これで分かったか? お喋りはこれでじゅうぶんだろ」
「ま、待て。まだお前が《冥浄力》と《冥殺力》両方使える理由を聞いてないぞ」
「ンなもんもう分かるだろ? 俺に全部説明させる気かよ。それとも『センセー』はそこまで馬鹿なのか?」
正直——
ここまで聞くと、彼の言う通り察しはつく。
この島に来て使徒に能力を封印されたのはあくまで《灰泥煉真》だ。
同じ肉体を持っていても別の人格であるこいつは封じられなかった。
だから《冥浄力》も《冥殺力》も使いこなせる。元々持っていたのだから当然だ。
恐らく使徒もそんなパターンは想定外だったのだろう。実際父親を殺してこの島に来た当初、煉真の別人格は完全に眠っていた。七星の自殺事件まで眠り続けていたのだ。それが使徒の目を擦り抜けさせた。
過激ないじめによって偶然封印を解いた夜霧七星。
別人格によって偶然封印を免れた殺人バット——もとい灰泥煉真。
このふたりは使徒でさえ想定していなかった特殊な例だったと言えるだろう。
「だ、だが」
康峰はそれでも言葉を続けようとした。
何か言って殺人バットの言葉を否定したかった。
だが、否定の材料がすぐには見当たらない。
鴉羽学園の生徒は身寄りのない者ばかりだ。
彼らが暗示を掛けられたり身元を弄られたりすればどこの誰とも分からない。まして島に来た時点では幼い子供なのだ。
「そうだ、
過去に紗綺に聞かされた話を思い出し、康峰は言った。
紗綺が目を泳がせる。
いつになく震える声で少女は言った。
「確かに私はそうだ。使徒に何かされた記憶はない、だが……」
はっとして康峰が思い出すより早く、紗綺は言った。
「先生に言ったように、私には紅緋絽纐纈家に拾われる以前の記憶が、ない。その時点で何かされていたのであれば……分からない」
『私は幼い頃の記憶がないんだ。気が付けば紅緋絽纐纈の屋敷にいた』
——そうだ。
もし紗綺がかつて《冥殺力》も《冥浄力》も使えていても。そしてその能力とともに記憶を封印のうえで紅緋絽纐纈家に来たとしても。それを証明する手段はない。
「そーゆーこと。分かったか、センセー? 俺たちはみんな騙されてたんだよ、クソッタレの使徒どもに! どうだ、ちょっとは俺の気持ちが分かったか? バットぶん回してどいつもこいつも殺したくならねえか、なあ!」
康峰は黙り込んだ。
紗綺、先達もこころを喪ったように口を噤んでいる。
確かに、それが真実であれば使徒に対する印象も変わる。別段崇拝してたわけでも尊敬してたわけでもない。ただ人並外れた遥か高みの存在として見ていた使徒——
——《使徒》?
「……ちょっと待てよ」
康峰はふと声を漏らした。
生まれながらに人並み外れた能力を持って生まれてくる子供たち。
使徒に与えられると思っていた力。だが実際には本来持っていた。
それはつまり——
いや、まさか。だがもしそうなら。
紗綺も煉真も、村雲や竜巻たちも。
他の生徒たちさえも——
「気付いたか、センセー?」
紗綺と先達は不審げに康峰の表情を伺った。だが康峰はそれを口に出すことが恐ろしかった。背筋に冷たいものが滑り落ちる。
「言うのが怖いか? だったら俺が代わりに言ってやるよ」
「ま、待て!」
——危険だ。
それは、まだ先達や紗綺に聞かせるべきじゃない。
だが康峰の制止を聞かず、殺人バットが両手を大きく広げた。
夜空に向けて男は叫んだ。
「俺が——この俺たちこそが《使徒》だ!」
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