第四幕 最悪の教師 ④
鼓膜が破れたかと思った。
だが幸い、まだ炎の爆ぜる音が聞こえている。
夜の闇を一気に祓うほどの眩しさで車が燃えていた。その周囲に天代守護がふたりして倒れている。呻き声が聞こえるし、見たところ命に別状はなさそうだ。
「チチ子! ちょっと何してくれてんのマジで?」
「ぅう、痛ぇ~~~……ケツ打ったぁ……」
見ると、少し離れたところで頭を抱えながら
結構派手に転んだようだが幸い怪我はしていないようだ。綺新もぴんぴんしている。
「おい、
康峰はふたりに近付きながら言った。
夢猫が頭を掻きながら康峰を見返す。
「んーだよその言い方ァ。助けてやったんだろォ?」
「えっ?」
「ンなことよりさっさとズラかろうぜ。ホラ急げって!」
「あ、ああ……」
夢猫は倉庫のなかへと駆け、恐らく
「な、なあ、早颪ってあんなキャラだったか? 口調も態度も違うような……」
「あー、チチ子は夜型だからね」
「夜型? 夜型ってだけであんな変わるの?」
「気を付けたほうがいいよ、夜のチチ子は狂暴だからね。胸揉んだりしちゃ駄目だよ」
「昼間でもやらねぇよ」
「で、これからどうすんの? やっぱ止めに行く感じ? あたし付き合わないけど」
「ああ、もちろんだ。お前たちは隠れていた方がいい」
「……本気?」
「まぁ俺の足じゃ町に行く前に全部終わっちまうだろうから、町まではバイクで乗せて行ってもらえると助かるけどな」
「センセーもやめときなって。そんな体で、バイクも乗れないし、それで何ができるっての? 死んじゃうよ」
軽い口調だが、綺新は心配するような目で康峰を見ていた。
——確かにその通りだ。
それでも。
「この事件を裏で糸を引いてるのが
康峰はそこで言い淀んだ。
——むざむざと人が殺されるのを放っておくことはできない。
それを言わなかったのは、自分がそれを言うほど決心が固まってなかったからか。或いは自分が行ったところで何かできる保証がないと認めていたからか。
或いはその両方だったかもしれない。
倉庫の方からバイクのエンジンが掛かる音が聞こえた。
「おっしゃ! このバイク走れるぞ!」
バイクを弄っていた夢猫が叫ぶ。
「オラセンセー、ぼさっとしてねぇでさっさと後ろ乗れよ!」
「は、はい」
康峰は思わず敬語で答えながら駆け寄ろうとした。
「待て……」
不意に低い声が聞こえた。
炎の燃える音にも霞むような声だったが、立ち止まってそっちを見る。
額からは血を流し、顔は煤けて酷い有様だ。爆発の際に転んだうえに硝子の破片で怪我したに違いない。
雑喉は大儀そうに一歩一歩近づいてきたが、やがて精魂尽きたように傍にあった電信柱に背中を預けて息を吐いた。そうして懐をまさぐり、何かを取り出して康峰に投げた。康峰は慌てて受け取る。
それは康峰の持っていた無線機だった。
「……学園長」
「負けたよ。きみには」
雑喉はそんなボロボロの姿で片頬を吊り上げた。
「もう、何も言わない。好きにするといい……今更どうにかなるとも、思わないが」
康峰は黙って雑喉に向かって頷くと、無線機を胸元のポケットに入れた。
再び夢猫の乗るバイクに向かって踏み出す。
背後から雑喉の消え入るような声が聞こえてきた。
「あの日、きみをクビにしなくてよかったよ……」
「なに、町に行く? マガネどもがいるのにか? 馬鹿言ってんじゃねえぞセンセー。せっかくあたしが救ってやった命フイにする気か、ぉお?」
「いや、あのとき学園長はもう俺を黙って行かせる気だったと思うぞ。お前はまとまりかけてた話をぶち壊しただけだ。ついでに俺たちも死ぬとこだった」
「知らねーよ。あたしンとこまで声聞こえてこなかったし」
「……まぁ、ともかく——俺は町へ向かう。お前にも隠れててほしいが、俺はバイクに乗れない。正直町まで連れて行ってもらえると助かる。頼めるか?」
「誰に言ってんだよ。水臭えぜセンセー。後ろに乗れよ」
歯を見せて言うと、夢猫は後部座席を指さした。
まだ慣れないその変化に戸惑いつつも、後ろに乗る。
夢猫が振り返って言った。
「あ、けど変なとこ触ったら振り落とすぞ」
「触らねぇよ……」
バイクが唸り声をあげる。
康峰は遠く町の方を見据えた。
「行こう。時間がない」
あそこにはあいつらがいる。
俺は——あいつらの教師だ。
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