幕間
幕間 二
闇のなかを懐中電灯の明かりが激しく揺れる。
一瞬照らし出された道が、また闇のなかへ消えて行く。
まるでその小さな明かりの外には無限の闇しか存在しないようだった。
■■は懐中電灯を握り締め、もう片方の手でしっかりと少女の手を引いたまま走っていた。汗ばんだ手が少女を不快にさせないか不安だが、相手は黙って付いてきてくれている。途切れ途切れの吐息が自分のそれと重なって聞こえていたが、振り返ってその表情まで確認するゆとりはなかった。
追手がもうすぐそこまで来ている。奴らは執念深い。あの手この手で何とかここまで逃げられたが、もう年貢の納め時というヤツだ。
やっぱり無謀だったかもしれない——が、いまは考えてる場合じゃない。ただ足を動かし続けることだけに意識を集中させよう。
だが、例え自分は捕まってても——この子だけは逃がしてみせる。
これはもう意地みたいなものだ。
この子に特別な感情はない——多分。
ようやく境界線のフェンスが見えてきた。
「そこだ、先に登れ!」
■■は少女に叫んだ。
少女は一瞬躊躇したものの、覚悟を決めたのか、細い腕でフェンスに掴まり登り出した。
もどかしいほどの長い時間——実際には十数秒にも満たなかったと思うが、■■には永遠の長さに思えた。
少女がフェンスを登りきり無事向こう側の地面へと降り立った。
■■は安堵に思わず笑みを漏らす。これで連中の思惑を崩してやった。
あとは自分も——
そのとき■■の背中を懐中電灯とは比べ物にならない横暴な明かりが照らした。
続けて自分たちに向けて走ってくる足音、怒鳴り声。光を振り返った■■はこっちに向けて走る何人もの男のシルエットを見た。
——ここまでか。
■■は少女に向き直って叫んだ。
「行け! お前だけでも逃げろ!」
「…………」
少女は狼狽えるように■■とその向こうの追手との間に視線を行き来させた。相変わらずその唇は震えるだけで声を発さない。
「早く行けって、また捕まってもいいのか⁉ ほら!」
背後の怒声に負けない剣幕で吠える■■に、とうとう少女はフェンスから離れた。俯くと彼女は■■と逆方向に向かって走り出した。
——それでいい。
「いたぞ、■■だ! 捕まえろ!」
「おい、あいつはどうした⁉ 逃げたのか⁉」
背後から怒号が飛んでくる。
既に男たちが■■に群がるように集まり、その肩を掴んだ。
地面に押し倒されながらも、■■は小さくなっていく少女の背中を見ながら笑みを浮かべた。
これでよかった。俺に後悔はない。自分は正しいと思うことをしたんだ。きっとそれが彼女のためにもなったはずだ。例えそうでなくても、後悔することなんて——
不意に、少女が振り返った。
白い髪を揺らし、赤い瞳が■■を捉える。
立ち止まった少女の表情を見た■■はいままで感じたことのない感覚に襲われた。まるで見知った人間が急に別人にすり替わったような。或いは何かずっと勘違いしていたことに気付いたような——何か、奇妙な違和感。
少女の唇が小さく動いたのが見えた。もちろんここからではその声は聞こえない。
それでも■■は彼女が何を言ったのか分かった気がした。
「ごめんね」
その言葉が結局どういう意味だったのか。
再び背を向けて少女が走り去ったいまとなっては分からない。
それでも——
後悔は、しないはずだった。
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