第六幕 ふたりの殺人鬼(前篇) ②
「おいおい、何ボサッと見てやがんだお前らァ?」
鍋島村雲の登場に続けて聞き慣れた甲高い声が周囲に響き渡った。
彼に続いて数人の赤色生徒会らしい軍服も見える。
「見ての通り正真正銘全身本物の殺人バットのお出ましだ! 殺されたくなかったらとっととズラかりやがれ! ——おいそこの、学園に連絡だ、殺人バットが
竜巻が赤色のひとりに告げると、生徒は慌てて無線を取り出した。
「応援など必要ない、馬更」
村雲は殺人バットに目を見据えたまま言った。
「何の罪もない一般人を手に掛けようとする卑劣で悪辣な人殺しだ。俺たちで片付けてやる」
「カッコいいコト言うのは結構だけどよ、知ってンだろ鍋島。《
「会長の手を煩わせるものか。何より俺はあいつが赦せない。……行くぞ!」
殺人バットは村雲に吹き飛ばされても身軽に受け身を取るようにしてすぐ起き上がっていた。既に村雲と竜巻に向かって踏み出している。
その殺人バットに向かって村雲の巨体は再び地面を蹴った。
「あぁくそったれ、しょうがねぇな! 地獄に落ちてから後悔だ!」
竜巻がそれに続く。
殺人鬼がバットを振り回す。
力任せの無茶苦茶な振り方だがそれだけに軌道が読めない。しかし竜巻は人間離れした身のこなしでそれを軽やかに躱した。殺人バットの顔面に右足を叩きこむ。
その足を殺人鬼が後ろに跳んで躱す。
その位置に来るのを予期していたように村雲が突進した。殺人鬼は更に後ろに跳ぶ。
鍋島村雲と馬更竜巻は憎まれ口ばかり叩いていても付き合いが長い。戦闘訓練はおろか禍鵺との実戦でも何度も連携を取っている。その息の合った攻撃は舌を巻くばかりだ。
そのふたりを相手に流石に兄も防戦一方になっているようだった。
だが——
遂に殺人バットが振った一撃が村雲の肩に命中した。
村雲の肩にバットの鉄釘が突き刺さり血が噴き出した。
「……そんなものか?」
だが村雲は雷鳴のような声を発する。
痛くないはずがない。だがその両足は根が生えたように地面に踏ん張ったままだ。眉間すら動かさず、逆に金属バットの先の男の腕を掴んだ。
「…………!」
殺人バットが振りほどこうとするが、丸太のような腕はびくともしない。
「はあぁぁっ——」
村雲が息を吸い込んだ。
掴んでいないほうの拳を固く握りしめる。
その拳を思い切り男の鳩尾に叩きこんだ。
男の体が棒切れのように折れて背後に吹き飛ばされた。
今度はうまく受け身を取れなかったか、頭から着地した殺人バットのヘルメットに罅が入るのが遠目にも見えた。
——行ける——のか?
煉真がそう思ったのも束の間。
追い打ちを掛けようとして飛び込んだ村雲の体が吹き飛ばされた。
信じられないことだ。村雲の巨体は文字通り車が突っ込んでもそう簡単には飛ばされない。まるで変な冗談のように、村雲の巨体が宙を舞い、地響きを立てて橋のうえに落下した。
殺人バットが起き上がる。
奴は罅の入ったヘルメットを邪魔くさそうに外し、捨てた。
青い炎が溢れ出す。
炎は男の体を纏い、蛇のようにうねる。
額から赤い血を流しながら、薄笑いを浮かべて言った。
「そうはしゃぐなよ。まだ準備運動だろ?」
首を捻って肩の骨を鳴らした。
《
「鍋島ァ! ……くそったれ、言わねぇこった!」
馬更竜巻が殺人バットの背後に回り、その後頭部に蹴りをかました。
村雲の拳に比べれば軽い一撃に見えるが、煉真は共に訓練した経験からそれが到底軽くないことを知っている。素人相手なら頸椎をへし折りかねない勢いだ。
だが青い光を放つ殺人鬼は何事もなかったように平然とそこに立ち、しかも竜巻の足首を握った。
「じゃれんなって、ザコ」
殺人鬼は掴んだ足を力任せに振った。
竜巻の体が地面に叩きつけられた。
「…………っ!」
竜巻の喉から声にならない叫びが迸る。
橋を粉砕するような勢いで叩きつけられた竜巻の体は大きく上下し、痙攣したあと動かなくなった。
村雲と共にその体は意識を喪い動かなくなった。
——やっぱり駄目だ。
相手は《冥殺力》を持っている。竜巻や村雲がどれだけ強くても対抗できない。《
ずっと立ち上がろうとしているが、まだ煉真の足は言うことを聞かない。
それどころか地面に鎖で縛られたように少しも体の自由が利かなかった。
「あ~~~あっ、このオモチャもう壊れちまったよ。つまんね。もうちょっと遊ばせろって。オイ!」
兄は村雲と竜巻を足蹴にして言った。
顔に付いた血を拭い、舌先で舐める。金属バットを再び肩に担いでふたりに視線を向けた。
ふざけた声で言う。
「ワン、ツー、スリー……」
まずい。誰か、誰か来ないのか。青色のクソッタレどもは何をしている? このままだとあいつらが——
殺される。
「待てっ!」
鋭い声に殺人バットの声が止まった。
煉真も声のした方を見た。
霧の向こう、橋のたもとに緋色の長髪を靡かせた少女が立ちはだかっていた。
だがその目に燃える闘志は些かの気後れも感じさせなかった。
紗綺の目がちらりと地面に伏したふたりの戦友を捉えた。
「……お前が殺人バットだったんだな」
正面に戻したその視線がいつになく冷ややかな気がした。
それでも殺人鬼は一切動じることなく笑みを浮かべている。
その足が紗綺に向かって歩み出した。
《冥殺力》の青い炎は滾らせたままだ。
紗綺との距離が徐々に縮まっていく。
だが。
ふと、その足が止まった。
視線が紗綺の後ろに動く。
霧のなかをもうひとつの人影が駆けてきていた。
ぜぇぜぇという喘ぎ声はまるでフルマラソンでも走ってきたかのように切羽詰まっている。その割に全然スピードは出ていない。霧のなかでも特徴的な白衣と白髪。いまにも血を吐きそうな青白い顔。
「ま、待て……待ってくれ、紅緋絽纐纈——げほぉっ」
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