第四幕 殺人鬼の捜索 ③
「
康峰は数週間ぶりに見た少年に当然の疑問をぶつけた。
灰泥
「あんたに関係ないだろ。あんたらこそここで何してる」
煉真はぶっきらぼうに言いながら立ち上がる。
彼の腕から解放された先達がしばし噎せる。
それを横目で見ながらたいして気にするふうもなく煉真が淡々と謝った。
「悪かったな、沙垣——いや、結露落とし」
「わ、わざわざ言い直さなくても……げほっ」
「大丈夫、沙垣君?」
衿狭が先達の肩に手を置いて言った。
「う、うん。全然平気平気……ぅうっ」
「ここに来るなんて大抵ゴロツキか頭のおかしい連中だ。てっきりそういう奴らでも来たかと思ったもんだから襲っちまった」
衿狭が非難するような目を煉真に向ける。
煉真は素知らぬ顔でそっぽを向いていた。
「なぁおい、灰泥」
康峰は進み出て言った。
「俺たちは殺人バットを捜してるんだ。いろいろあって、とにかくあの殺人鬼を見つけなきゃならない。ここは前に奴が現れた場所だからな。お前は何しにここへ来た?」
煉真は黙って康峰たちを見回す。
康峰の背後の青色にもちらりと目を向ける。少女は扉から何者か飛び出してきたときに《
それを見て煉真は舌打ちした。
康峰に視線を戻す。
「あんたにそれを話す義理があるか、センセー」
「話せない理由があるのか?」
「相変わらずの質問責めだな」
「話したくなければ話さなくていいぞ。但しその場合、灰泥煉真がこっそり猫工場に来て野良猫たちに餌をやってたとかいうかわいい噂を学園じゅうに広めるけどな」
「何だよそれ。何か得があるのかよ?」
「あると思うか? 単なる嫌がらせだ」
「殺すぞ」
不良特有の恐ろしく直截的な暴言が飛び出した。
「だったら話せ。それとも猫の頭も撫でてたってオプションを付けてやろうか?」
「何でもねえよ。立ちションしに来ただけだ」
「こんな工場の奥まで?」
「あー間違えた。猫の肉球を触りに来たんだった」
「……それ余計に恥ずかしくないか?」
ぐっ、と煉真が喉を詰まらせる。
「っあ~~~もう、うっせぇな! 俺の勝手だろ?」
煉真は康峰を押しのけるようにしてさっさと部屋から出ようとした。慌てて康峰がその背中を追う。
「待て待て! どうしたんだ? 帰る気か?」
「ああそうだよ。あんたらもこんなトコ今更調べたって殺人バットの手掛かりなんて猫の毛ほども落ちてねえぜ」
「やっぱりお前もそれが目的か。だと思った」
「あいつは俺が見つけなきゃならねえ。それだけだ」
「説明になってないぞ」
「あんたは余計なことすんなよ。第一あんたにどうこう出来る相手じゃねえだろ?」
「別に俺が取り押さえようってんじゃない。それよりお前が殺人バットについて何か知ってるなら教えろよ。その口振りなら手掛かりを持ってるんじゃないか?」
「やめときなよ、先生」
康峰は振り返って彼女を見てぎょっとした。今までにないくらい冷酷な視線が煉真を射抜いている。
「先生はそいつを分かってない。そいつは他の子たちと違う。まともに話すだけ時間の無駄だって。……でしょ?」
「お、荻納さん?」
先達も戸惑ったように衿狭に声を掛けた。
煉真はじろりと鋭い視線を衿狭に向ける。
だが少し睨んだだけで、再び舌打ちして部屋の外へ足を向けた。
「そういうこった。じゃあな、センセー。お前らクソ弱ぇ連中は仲良くお勉強ゴッコしてろよ」
「お、おい」
「……どけよ」
煉真は道を塞いでいた青色に凄んだ。
青色はその気迫に押されたように一歩引く。
その肩に体を半分ぶつけるようにして煉真は今度こそ外へ出て行ってしまった。
何か隠しているふうだがこれ以上付き纏うと本当に殴られかねない雰囲気だった。また心肺停止するのは御免だ。
康峰は黙って煉真の背中が見えなくなるのを見送った。
——それより……
煉真に対する衿狭の態度が気に掛かる。
康峰は振り返って再び先達、衿狭に目を向けた。
先達が衿狭におずおずと歩み寄る。
「荻納さん、えっとその——大丈夫?」
「……ごめんね、沙垣君」
「えっ? いや、僕は何も」
「あいつを憎んでも仕方ない。あいつが悪いのは確かだとしても、それだけじゃないから。そう思っていてもどうしても赦せなくって……」
「——知ってるよ。僕もそれは」
「そっか。……そうだよね」
「うん……」
「えっと、あのぉ~……?」
康峰は手を挙げてふたりに近付いた。
「おふたりだけで勝手に意思疎通するのやめてもらっていいですかね。俺だけ何のことか全く分からないんだが。え、何だ? 荻納と灰泥は過去に何かあったのか?」
「別に。何もないよ」
衿狭はにべもなく言った。
康峰は腕を組む。
そうして言った。
「なぁ荻納。——お前、何を隠してるんだ?」
その言葉にも衿狭は眉ひとつ動かさなかった。
だがその態度は逆に康峰の言葉を肯定しているようなものだ。
康峰は黙っている少女に言葉を続ける。
「前々から何となく思ってはいたんだ。そしてそれは何もお前に限ったことじゃない。お前たちは何かを俺に隠してるんじゃないのか? ……違うか?」
衿狭は横顔を向けている。
その内心を覗くことはできないが——
彼女以上に、傍らの先達が雄弁にそれを物語ってしまっていた。
視線を右往左往させる先達は「正解!」と叫んでいるようなものだ。
やはり——こいつらは何かを隠している。
「お前のためにみんな協力してやってるのにその態度は何だ——みたいなことは言わない。これは俺たちが勝手にやってることだ。お前が迷惑がろうと関係ない。そもそも俺はしんどいことまでする気ないしな。だけど、それとこれとは別だ。一体何を隠してる? 俺には言えないことでもあるのか?」
「おかしなこと言うんだね。先生」
衿狭が口を開いた。
康峰を上目遣いに見たその目はやけに大人びて見えた。
「何かおかしなことを言ったか?」
「先生はどう?」
「俺?」
衿狭が首を傾げる。
ちりん——
鈴の音が鼓膜を擽った。
窓から差す夕日が少女の横顔を照らす。
「隠しごと。——何もない?」
「……どうしてここで俺の話になる。別に俺の話なんて聞きたくもないだろ。そりゃ聞きたければどんなことでも話して——」
——いや。
そんなことは——ないか。
康峰は口を
ここで無理に踏み込んで衿狭に秘密を喋らせることは躊躇われた。もしかしたらそれは彼女にとってよほど話したくない事柄なのかもしれない。だとしたらいま無理に口をこじ開けようとするのは得策ではない。
第一、年頃の女の子は難しい。
康峰もそのくらい知っている。
「ごめんね、先生。感謝はしてるよ」
急にしおらしく衿狭が言った。
そんな仕草でそんな声で言われるとまるでこっちが悪いみたいに思えてくる。実際先達が慌てたようにふたりの間に割って入った。
「と、とにかくいまはここを探索することに集中しよう。ね、荻納さん? 先生もすみません、いまはこの話はやめましょう。いいですか?」
「……分かったよ」
康峰は頭を掻きながら言った。そうして先達と衿狭は煉真の居た部屋のなかの探索に移って行った。
……やっぱりあいつはタチが悪いな。
——先達の奴、この先苦労するぞ。
康峰はそんな思いを新たにする。
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