第四幕 殺人鬼の捜索 ②
「何かありそうか?」
歩き疲れた
「まだ探し始めたばかりですから……先生もちゃんと探してくださいよ」
——それを
忙しく動き回ってる先達に対し、
だが、先達はそれに対しては一切口を挟まない。とんだ贔屓だ。
立場が逆ならイジメだぞ——と思いつつ康峰は返す。
「ちょっと休憩するだけだ」
「そんなこと言って今日もう五回目の休憩じゃないですか。畑仕事してるおじいちゃんだってもうちょっと元気でしたよ」
「あんまり侮るなよ。国家の第一次産業を支える農家のご老公が俺ごときに負けるとでも思ってんのか?」
「自慢げに言わないでください」
「そもそも俺は本来中立の立場なんだ。この問題はお前たちで解決しなきゃ意味ないんだぞ。分かったかね、沙垣
「その、僕が弁護士っていうのも嫌なんですが……やっぱり他の人にしてくれませんか?」
「いいか、弁護士ってのは弁が立たなきゃ務まらない。鍋島村雲は男相手ならともかく女相手じゃ舌が石になるような奴だからまず無理だ。
康峰は先日紗綺から聞いた相談を思い出しつつ言った。
相談と言うより告白とも言えるかもしれないが。
「そもそも裁判がどういうものか昨日まで知らなかった奴らだぞ?
実際生徒のなかで沙垣先達はかなり成績のいいほうだ。戦闘訓練ではからっきしでも、頭はいい部類と言っていい。それは生徒たちを集めて授業を開く前から感じていたことだが、授業が始まってますます実感していた。
尤も……
——他の生徒がアホすぎるだけかもしれないけど……
先達はまだ不服そうな顔をしていたが、しぶしぶと探索に戻った。
何に使うのか分からない工具を弄っていた衿狭がふふっと笑った。
「どうしたの、
「いや、別に。やっぱり先生と仲良いんだな、って」
「そ、そう? それほどでもないと思うけど……」
先達も釣られたように少し笑う。
照れたように頭を掻いた。
「でも、ほんとに無理しないでね。私はもう覚悟はできてるから」
「無理なんてしてないよ。僕はただ、その、やりたくてやってるだけだから」
先達が言うのを衿狭は少し寂しそうに微笑んだ。
「……そっか」
——どうにも噛み合ってるようで噛み合ってないふたりだな。
康峰はそんなふたりを背後で見ながら思う。
監視役の少女は工場の入り口付近で扉に身を隠すようにこっちを見ている。ふと康峰はそっちを見て手招きした。
少女は驚いた顔で目を瞬かせる。
が、素直にこっちに来てくれた。
とても衿狭が本気で逃走を図った際に取り押さえられるとは思えない華奢な体つき——とはいえ《
少女は固い声で康峰に言う。
「……何ですか?」
「見てるだけじゃ退屈だろ。どうせなら捜索に手を貸してくれないか?」
「何言ってるんですか。手伝うわけないでしょ」
「言うと思ったよ」
「じゃ何で話しかけたんですか?」
「いや、退屈そうだなって思って」
康峰の返答に、少女は眉を困らせた。
「……余計なお世話です。ヘンなことで話しかけないでください」
「はいはい」
「——そんなことより」
少女が少し身を乗り出してきた。
目は先達と衿狭を見ている。
「あのふたりって付き合ってるんですか?」
「……そう見えるか?」
「いえ。あんまり。と言うか一方的って感じ。うーん、まだ告白とかしてないのかな?」
康峰も先達と衿狭のほうを見る。
衿狭が相変わらず無関心そうにしている傍で、先達は懸命に捜索を続け——
てるかと思ったが、そうでもない。
先達は手を動かしつつも傍らの衿狭に話しかけている。何とか彼女の気を引こうと話題を探っているようだが、音量がここまで届かなくても会話があまり弾んでいないのは残酷なばかりに見て取れた。
「……そう見えるんなら、そういうことだろう」
康峰は少女に言った。
——青色だろうと何だろうと、恋バナには興味あるんだな……
まぁ、ある意味当然と言えるが。
少女は康峰の淡白な回答にむっと表情を顰めた。
だが相手がしょうもない枯れた教師であることを思い出したのか、「それでは」とだけ言って元の位置に戻って行った。
青色にしては礼儀正しい。
少なくともこれまで見た青色のなかでは格別の《厚遇》だ。
今日一日見ていても彼女の態度はそこまで
——青色生徒会と言っても一枚岩ではないのかもしれないな。
考えてみればそれも不思議ではない。
彼ら生徒会は元々優秀でまじめな人間を集めた組織だ。舞鳳鷺が来たことで相当おかしくなったが、その根底を思えば全員が舞鳳鷺の色に染まっていなくても不思議ではない。
だが舞鳳鷺は単に会長である以上に天代守護のトップの娘だ。もし逆らってこの学園で立場を失えば、《ワケあり》の彼ら彼女らには居場所がない。舞鳳鷺に内心不満や敵意を持つ者がいるのはむしろ当然だ。
まぁ、だからと言って——
どうするという考えが浮かぶわけではないが。
再び康峰は先達たちのほうを見た。
何も衿狭が先達に好意的じゃないというわけではない。
むしろ衿狭のときおり浮かべる笑みは綺新や夢猫らと一緒にいるときとまた違う。柔らかくて優しい表情だ。ときどき肩を震わせて笑うさまも先達の話に退屈している様子ではない。
それでもどこか、こころここにあらず——という目をすることが多い。
それが何故なのか、康峰にはまだ分からないが……
「ねぇ荻納さん、覚えてる? 前に岩下さんと会ったとき——」
「しっ」
自分の唇の前に人差し指を立てた衿狭の声に、先達が面食らって言葉を呑んだ。
一瞬、辺りが静まり返る。
工場のなかは虫の声さえ聞こえない。
そこへかすかな金属音が響いた。
音の大きさからして隣の部屋だ。
「……誰かいる」
衿狭が囁いた。
先達が緊張に身を強張らせる。
康峰も腰を浮かした。
音の大きさからは音の主が人間か或いは野良猫の類か分からない。だがこんな場所にこんな時間に誰かがひとりこの廃工場にいるとすれば、自ずと自分たちがここに来たそもそもの理由を思い浮かべずにいられない。
そもそもの理由——
つまりは、殺人バットを。
衿狭は先達、康峰に目配せをした。
青色の少女も緊張を浮かべている。
先達が一応持ってきた鉄刀を握りしめる。康峰も身構えた。足音を立てないように扉のほうに向かう。
衿狭は扉に近付き、硝子窓から覗こうとした。だが埃を被り罅の入った硝子窓からはよく見ることができない。
「僕が行くよ」
「だめ。危険」
「でも荻納さんにそんな危険なことさせられない。ここは僕が——」
そのとき、隣からの音が途絶えた。硝子窓がすっと
康峰は咄嗟に怒鳴った。
「離れろ先達!」
だがその声が終わるより早く扉は向こうから力任せに蹴破られ、なかから飛び出してきた人影に先達は組み伏せられた。先達は床に背中から叩きつけられた。
襲い掛かった人物は片方の腕で先達の首元を圧迫しつつ、もう片方の腕を構えて素早く周囲に目を走らせた。
わずかな静寂のあと——
ふっ、と肩の力を抜く。
「何だ。お前らかよ」
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