第三幕 殺人鬼の証明 ④
「……どういう意味だ?」
その声は青色生徒会の誰かが言ったものか。
それとも取り巻く野次馬の生徒の間から洩れた声か。
いずれにせよ、それはその場にいる群衆の気持ちを代弁したものだった。
紗綺や村雲、竜巻も訝しげに
と言うか——渦中にいる先達自身、それがどういう意味か分からない。何人かはこっちに物問いたげな視線を向けてくるが、やめてほしい。こっちが訊きたいんだから。
まだ顔色の悪いまま康峰が口を開いた。
「そのままの意味だ。荻納が殺人バットという、ごほっ、ちゃんとした証拠はないんだろ? もし彼女を捕まえて散々調べた挙句シロだった場合、どうなるか考えろ。恥を掻くだけじゃ済まないぞ」
「あらあら——」
「そんなこと、貴方ごときが心配しなくても結構でしてよ?」
ごとき、という部分を強調して言う。
「そうか? これだけ事を大きくしてやっぱり勘違いでしたではあんたは生徒の信望を失う。それどころかあんたの大好きな使徒の顔にも泥を塗ることになるんじゃないのか。おまけに
康峰の声は他人事のように淡々としていた。まるで天気の話でもしているかのようだ。
その響きがかえって話を聞く者を冷静に、客観視させる説得力を持っていた。
村雲や竜巻は理解できたのかできなかったのか、よく分からない表情だが。
しかし舞鳳鷺をはじめ青色の面々の表情には少なからず動揺の色が生じた。
「あんたたちはさっき《権限》と言ったな。それはつまり使徒から直々に《指令》を受けたわけじゃないってことだろ? 権限を行使するかしないかは自由だ。ならもっと賢い選択を考えるべきじゃないか?」
追い打ちをかけるように康峰は言う。
幾分か顔色もよくなってきている。
舞鳳鷺は康峰をじっと見据えていた。
その目からはさっきまでのふざけた色は消えている。
「……流石にお猿さん連中とは言うことが違いますわね。一理ありますわ」
舞鳳鷺が言った。
「おお、そういうこった! やるじゃねぇかキモガリ! そういうことだからお前ら青色はケツ捲くってとっとと帰りやがれッてんだ!」
野次を飛ばすように竜巻が甲高く叫び散らかす。
《お猿さん連中》が誰を指すかは分かってないらしい。
青色たちが苦い顔をして彼を睨んだ。
——行けるのか?
先達も固唾を呑んで成り行きを見守る。
どうやら康峰の言葉が舞鳳鷺のこころを動かしかけていることは確かだ。特に使徒の顔に泥を塗る、というのは彼女にとって無視できないことに違いない。それを聞いたときわずかに舞鳳鷺の表情の奥に変化があった——気がする。
もしかしたら康峰は彼女らを追い返してくれるかもしれない——
そんな期待に、体が熱くなる思いだった。
だが次に康峰の口から出た言葉に、先達は耳を疑った。
「と言いたいところだが、そう簡単に諦めるわけにも行かないよな」
「ちょ——ちょっと、先生?」
思わず先達は踏み出す。無意識に康峰の肩を後ろから掴んだ。
「何を言い出すんです? 先生はどっちの味方なんですか?」
「どっちもこっちもあるか。俺はこの学園の教師だぞ? どっちかに肩入れするわけにはいかない。さっきも言ったように青色だって俺の授業に参加したっていいんだからな」
「はぁ——?」
「考えてもみろ。青色生徒会だってこれだけ騒ぎを大きくしておいて、ハイそうですかと引き下がれるわけないだろう。メンツってもんがあるんだ」
それはそうかもしれないが。
——それを何故あんたが言うんだ……?
「なるほど」
不意に舞鳳鷺が言った。
何かを察したように不敵な笑みを浮かべている。
「どうやら新任教師さんには何か《アイディア》があるようですわね?」
その言葉に康峰が頷く。
「ああ。お互い譲れないものがあるのは分かる。青色生徒会は殺人バットを捕まえるのに些細な望みでも容疑者を調べなきゃいけないし、赤色生徒会は信用置けない相手に大切な仲間を引き渡したくない——だから俺から提案したい」
「提案?」
「ああ」
康峰は指を一本突き立てた。
「裁判だ」
「一週間後にここ、学園内で《裁判》を開く。そこで荻納衿狭が殺人バットかどうか、白黒はっきりさせようじゃないか」
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