第二幕 殺人鬼の正体 ③
「あら……
一瞬余裕の笑みに罅が入ったように見えた
振り返って近づいてくる紅緋絽纐纈紗綺に向き合う。
青色生徒会の生徒たちの前まで来た紗綺が足を止めた。
「挨拶は不要だ。彼女を、
にべもなく言い放つ。
青色の男のひとりが先ほど衿狭にしたように凄もうとした。だが紗綺が視線を向けただけで、男は言葉を失ったように黙り込んだ。
舞鳳鷺が言う。
「そういうわけには行きませんわ。彼女には殺人の容疑が掛かってます」
「間違いだ。彼女は殺人バットではない」
「それを貴女に証明することができまして?」
「証明はできない。だがそれを言うならお前のほうも彼女を殺人バットと断定する材料は持ち合わせていないだろう?」
「だから、これからそれを調べますのよ」
「だったらいまこの場で調べろ。私も立ち会う。お前たちに連行されると何をされるか分からない」
「だから——」
舞鳳鷺が今までにないほど苛立ちを露わにした。
「もとより貴女がたにそんな権限はないと言っているのです。お分かりかしら? わたくしは《使徒》から正式な命を受けてこの学園の秩序を守っておりますの。わたくしにはこの学び舎の秩序を乱す可能性のある人物を連行し、取り調べる正当な『権限』がある。……貴女には何の権限があるのかしら? 紅緋絽纐纈さん。たとえどんなに人気者でも赤色生徒会にそんな権限はないことをご存知ないのでは?」
「ああ、分かっている。私に権限などない。だがお前こそ重要なことを見落としてないか?」
「重要なこと?」
「お前は私が人気者だと言ったな。それがどういう意味か分かっているか?」
彼らだけではない。
いつの間にか紗綺の後ろには赤色生徒会の面々が集まりつつある。先ほどまでのただの野次馬ではない。
彼らは紗綺同様に怒りを隠そうともせず舞鳳鷺及び青色生徒会の面々を睨んでいた。
「私に『権限』はない。だがお前が納得できる根拠もなく私の仲間を連行しようと言うのなら、黙って見過ごすつもりはない。仲間を守るため、抗うだけ抗わせてもらう——ここにいる、仲間とともに」
《冥殺力》を持つ青色を相手に《
そんな理屈は紗綺でなくてもここにいる誰もが分かっている。
生身の戦闘では時間稼ぎにしかならないだろう。
そしてだからと言って、引き下がるような紗綺たちではないこともみな分かっているようだ。
「……なるほど」
舞鳳鷺は目を細めて言った。
そうして日傘を持っていないほうの手を掲げる。
舞鳳鷺の背後から青い炎が立ち上る。
「残念ですわ。荒事は避けたかったのですけれど」
先達は唾を飲み込んだ。
青色生徒会の面々も舞鳳鷺の合図を受け、《
彼女も退かないつもりだ。ここで事を構えてでも衿狭を連行しようとしている。
野次馬たちもそれを察したのだろう。動揺と恐怖の波が伝播した。
平穏な朝の校舎玄関はたちまち血生臭い戦場になろうとしていた。
紗綺が刀の柄に指を添える。
そのとき——
「ちょぉっとぉ、なにしてんのよこのスケベ!」
突然張り上げられた声に群衆の目が奪われた。
先達も声のしたほうを見た。
綺新が更に周囲に拡散するように声を張り上げる。
「ねぇこいつ、あたしの友達のおっぱい触ったんだけど!」
「えっ? い、いや! 俺そんなこと……」
「うわーん、おっぱい触られた~~、お嫁に行けな~~い」
棒読みに近い声で夢猫が叫んだ。
「あんたのトコどういう教育してんの? このドスケベ生徒会!」
ぽっかりと口を開けて見ていた先達は、そのとき一瞬綺新がこっちを見た気がした。
はっとした。
いま、群衆の意識は綺新たちに集中している。先達がここにいることなど誰ひとり意識もしていない。そして先ほどまでと違い、舞鳳鷺たちの正面には紗綺たちがいる。
——いましかない!
かっと全身が熱くなるのを感じた。
「荻納さん!」
彼女の目が驚いてこっちを見るより早く、その手首を掴んだ先達は後ろ、靴箱の奥の廊下に向かって走り出した。
「あっ、おい!」
青色の誰かが叫んだ。だが既に先達は衿狭と共に階段をがむしゃらに走り、距離が開いていた。
背後から騒々しい声がぶつかり合う。
「追え! 早く捕まえろ!」
「いいぞいいぞ! とっとと逃げちまえ!」
「ちょっとナニ勝手に逃げようとしてんのエロ生徒会!」
「いやだから俺触ってないしぃ!」
「待て、天代弥栄美恵神楽!」
最後の声は紗綺のものだろう。
青色がこっちを追おうとするのを綺新たちだけでなくやはり紗綺ら赤色が牽制してくれている。おかげで青色の足並みは乱れ追手はかなり遅れて来そうだ。
——そうすると残る課題は……
衿狭は——
走ってきていた。
少なくとも手を振り払うでもなく、足を止めるでもなく、先達に合わせて足を動かしている。そうでなければこんな順調に走り続けられているはずがない。そのことに先達は何よりも安堵した。
朝の廊下はちらほらと生徒がいる。みな動転して先達と衿狭のほうを見て立ち止まった。こんなに注目を集める経験はない。ますます冷や汗を搔きながらも先達はがむしゃらに走った。
自分でも信じられない。
——もしかしたら。
やっぱりまだ自分は寝ているのだろうか?
これも夢の続きだろうか?
それでもいい。
こんな夢なら——
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