第七幕 三者三戦 ⑤
***
——どういう状況だ?
ようやく図書室にまで辿り着いた
だが図書室に近付いた時点で異様な気配は感じていた。
何か起きているのは間違いない。
図書室は深い霧で見通しが利かなかったが、それでも血生臭さにはすぐ気づいた。床を濡らす血も見える。
更に近づくと、血を流して倒れている生徒もいた。再びビビり生徒会が悲鳴をあげそうになったが何とか堪えたようだ。
ふと、霧のなかを歩いてくる足音が聞こえた。
康峰はそっちを注視する。
「……
姿を見せたのは沙垣先達——のはずだ。
だがその顔には禍鵺と同じ仮面が覆っていた。
「あ、ぬ、《
生徒会の少年が叫んだ。
既に一、二歩逃げるように下がっている。
「鵺化?」
「そいつはもう駄目だ! 禍鵺になる!」
「もう駄目……?」
不意に先達が姿勢を低くした。
康峰たちに向かって走り出す。
「先生、伏せろ!」
霧のなかから響いた声に反応する暇もなく、弾丸の如く飛び出してきた
峰打ちを受けて先達がその場に倒れた。
振り返る余裕もない一刀だった。
康峰は先達から紗綺に視線を移す。
紗綺は額から頬にかけて血の筋を流し、片眼を閉じている。
髪や軍服は乱れているが、致命傷には至っていないようだった。
「紅緋絽纐纈……」
「なぜここにいるんだ、先生?」
「それは……いや、そんなことより」
どういう状況だ、と訊くより早く、また霧のなかから飛び出してきた人物がいた。
「沙垣君!」
先達はぴくりともしない。
呼吸すらしていなかった。
「離れてくれ、荻納衿狭。まだ安全じゃない」
「お願い、会長さん……」
「分かってる」
紗綺は慌ただしく言いながら先達の傍らに来て膝をついた。
体を起こして仰向けにする。
改めて禍鵺の仮面を被っている先達は何とも不気味だった。
「禍鵺になろうとしてるのか?」
康峰は訊いた。
「ああ。元凶は先ほど討った。だが昏睡状態や瀕死状態で禍鵺の吐く瘴気を吸った者は奴らの仲間になる。意識を乗っ取られるんだ。我々はこの現象を《鵺化》と呼んでいる」
「……助かるのか?」
先ほど生徒会は「もう駄目だ」と言ったが。
紗綺は小さく頷いた。
仮面に手を当てる。
「まだ鵺化が完了していない。こっち側に連れ戻せる。そのためには瘴気を追い払い仮面を外す必要がある。原理は《
「そ、そうか」
「但し時間が要る。同時に何人も鵺化が始まれば間に合わないが……」
「……間に合わないとどうなる?」
「二度と助けられなくなる」
ぞっとした。
禍鵺となり紅霧のなかに消えて行く先達を想像してしまう。
自分の見知った人間が化物となるかもしれない——そんな現実に、改めてこの島の恐ろしさを知る思いだった。
紗綺が深く息を吸い込む。
その手が再び赤い炎を纏い始めた。
「行くぞ」
紗綺がそう言ったとき、甲高い銃声が響いた。
銃声は天井に向かって撃たれたものだったが、紗綺の集中を乱すには十分だった。
彼女の腕から赤い炎が霧散する。
驚いた康峰は音のしたほうを見る。
少し離れた位置に学園長の
「こっちが先だ」
雑喉は震える声で言った。
その手にはまだ白煙を吹く拳銃が握られている。
康峰も、恐らく紗綺も衿狭も、その言葉の意味が一瞬分からなかった。
真意を探るように雑喉の目を見る。
雑喉は拳銃を構えながらもまるで追い詰められた小動物のように怯えた目をしていた。こころなしかその手も震えている。
霧が動いて彼の背後が見えた。
辺りはひどい状況だ。
生徒会の生徒が数人倒れ、鮮血が床を濡らし、死んだ禍鵺からは炎が上がっている。
倒れる生徒のなかにはさっき講堂で見た天才少女とかいう
彼女はまるで電流を流されたように体を小刻みに痙攣させている。
そしてその少女の顔には——
先達と同じような白い仮面が覆っていた。
学園長が拳銃を握り直して声を強める。
「こっちが先だ、紅緋絽纐纈君。兵極廻理を先に救いたまえ」
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