第六幕 新任教師と生徒会長(青) ⑥
こうして——
残された生徒たちは互いに小声を交わしたり不安そうに辺りを見回したりしている。
いくら日々訓練を積んでいるといっても子供だ。表情に浮かぶ不安と恐怖は隠しようもない。
それを教師や生徒会が呼び掛け、落ち着かせようとしていた。
「大変なことになったな……ん?」
——こんなときにどこへ行った?
きょろきょろと見回したが彼の姿はない。
代わりに見覚えのある顔を見つけた。
相変わらず夢猫はこんなときでも眠そうに頭をふらふらさせているし、綺新のほうは緊張感もなく口に含んだ飴を舐めている。ある意味安心する光景だった。
康峰はふたりに近付いて声を掛けた。
「おー、キモガリじゃん。やっほ」
「
「えーだって覚えにくいしぃ。仇名付けてあげたんじゃん?」
「……それよりお前ら、先達を見なかったか?」
「サガッキー? さぁ? うんこじゃね」
「バカ、女の子がそんなこと言うんじゃない。そもそもこんな状況で大便に興じるような珍奇な奴があるか。……早颪も見てないか?」
「知らない~。そういえばぁ、エリちゃんもさっきからいないっぽい?」
「バカチチ子。エリは集会前に図書室に行くって言ってたでしょ?」
「そぉだっけ?」
「聞いてなかったの? それともおっぱい大きいと耳遠くなるの?」
「図書室?」
康峰は訊いた。
「そ。エリってアタシらと違って知性派だからね。ちょくちょく図書室から本借りて読んでんの。あんなの何が面白いんだかね」
康峰はふと嫌な予感を覚えた。
——まさか。
姿を消したのは
気になる組み合わせだ。偶然か?
「誰かあいつらを見た奴はいないか?」
一応他の生徒数人にも声を掛けてみたが、
だが一人から先達が講堂から落ち着かない様子でこそこそ出ていくのを見た、と聞けた。
「いつ?」
「分かりません。あ、でも警報が鳴った後かも」
その証言でますます不安が影を強くした。
——あいつ、衿狭が心配で後を追ったんじゃないのか……
いや、そうに違いない。そんな気がしてきた。
それ以外にさっきまで自分の傍らにいた先達が忽然と姿を消した理由が思い浮かばなかった。
「ああ、軛殯先生」
考えていると
「鬼頭先生。我々はどうすれば?」
「ふむ、ともかく生徒の安全の確保です。何が起こるか分からない状況ですからな。どんな事態になっても対応できる用意をしておかねばならない」
「その、外に出てしまった生徒がいるようなんですが……」
そう言うと鬼頭は口をへの字に曲げた。
「それはもちろん助けに行きたいですが……いまは大勢を優先せざるを得ない。私らはここを離れるわけにいきません」
それはそうだろう。
鬼頭の回答は概ね康峰の予想通りだった。
「軛殯先生もなるべくここにいてください。くれぐれも慎重に」
「はぁ」
自分一人がいたところでどうにかなるとは思えないが——それを言うなら自分が外に出ても危ない。
鬼頭の言う通り講堂にいるのが賢明だろう。
「ねぇセンセー、いないの? サガッキー」
後ろから綺新が声を掛けてきた。夢猫もいる。
「ヤバいじゃん。サガッキーのことだからエリ追いかけてったんじゃないの?」
「何だ、お前も気付いていたのか」
「当然っしょ。見りゃ分かるもん」
「何の話ぃ~?」
夢猫が後ろから綺新の肩に顎を乗せる。
「何でもない。ともかくお前たちはここにいろ。これ以上外に出るような真似するなよ」
「ふーん。助けに行かないの?」
「……余計危ないだろ」
「マジ? じゃエリもサガッキーも見捨てるってことじゃん」
綺新は飴を舐めたまま康峰の目を見上げた。
夢猫も見ている。
康峰はすぐに言葉を返せなかった。
別にふたりは非難がましく言っているわけではない。
むしろその態度はそれが当たり前と言わんばかりだった。
——当たり前だ。
いくら教師だって自分の命を危険に晒してまで生徒を捜しに行かない。
きっと綺新も夢猫もそう分かっているのだろう。
それが当たり前だと思っている。
だが——だからこそか。
その反応が康峰のこころをざわつかせた。
「ま、エリなら大丈夫でしょ。サガッキーは分かんないけど」
「ねぇ、あたし眠ぃ~~」
「知らないって。てか重いっつの」
ふたりは康峰に背を向けて歩き出した。
康峰はその背中をしばらく見ていた。
「待てよ」
講堂の外に出る扉に手を掛けたとき、背後から掛かった声に康峰は振り返った。
億劫そうに頭を掻きながら彼は言う。
「どこ行く気だ?」
「い、いや、ちょっとトイレに……」
「そんなわけないだろ」
煉真は言いながら康峰の隣に立った。
「あんたも大概ヘンな奴だな。結露落としの心配か?」
「灰泥……お前、もしかして付いて来てくれるのか?」
「ここでクソ弱虫どもの見世物になってるよりマシだ。出て行く口実ができてよかったぜ」
「それは……いや、でも危険だろ?」
「松葉杖がなきゃ歩けねえような奴が言う科白かよ。あんたより百倍マシだ。ほら、さっさと行けよ。時間がねえんだろ?」
康峰は一瞬躊躇したが、すぐに頷いて扉に向き直った。
それは煉真のまるで飯屋にでも誘っているような態度のお蔭かもしれない。いずれにせよ彼の言う通り時間はあまりない。
重い扉を開けると、外の紅い霧が流れ込んできた。
さっきより一段と濃くなっている。
康峰はひとつ空咳をした。
「……行くぞ」
自分に言い聞かせるように小さく呟いて——
康峰は一歩を踏み出した。
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