第六幕 新任教師と生徒会長(青) ⑤
サイレンの音は先日聞いたものと少し違う。
第三級警戒事態というあのサイレンより更に、横暴で獰猛な響きを持ってその場にいる全員の鼓膜を侵していた。
まるで巨大な化物が叫喚を轟かせるように。
「どうやらこの話はお預けだな。行くぞ!」
竜巻がおう、と答える。
村雲も重々しく頷いた。
三人が踏み出そうとしたとき、
やけに場違いな呑気な声がその場に響いた。
「あーっと、少し待ってくれないか。紅緋絽纐纈君?」
紗綺の足が止まる。村雲、竜巻らも。
彼女らを始め、その場にいた大勢の生徒が振り返った。
ずっと眠たげな眼で事態を静観していた青色生徒会副会長の
白衣のポケットに手を突っ込み、滑るように足を動かして紗綺に近寄ってくる。口元には場違いな薄ら笑いさえ浮かべていた。
天才少女が再び口を開く。
「非常に、非常に稀有で僥倖と言うべき事態だ。僕はこれを待っていたと言っていい。まさかこんなにも早く邂逅するとは流石に予想外だけどね。いっそ何らかの、いや何者かの巧みな意思の介在を疑うほどだ。おっと、もちろん神は容疑者の圏外だ」
——何を言ってるんだ?
そう思ったのは康峰だけではなかっただろう。
兵極廻理はそんな周囲の視線にお構いなしと言った声音で喋っている。
紗綺に話しかけているというより独り言のような、歌っているような調子だ。
紗綺が刀の柄を握り締めて言った。
「時間がない。用なら早く言ってくれ、兵極廻理」
「あぁつまり、僕も
「なに?」
「もちろん邪魔はしない。ちょっと付いて行くだけだ」
「ちょ、ちょっと……」
首輪を付けた中年の変態男——ではなく、学園長が慌てたように駆け寄ってきた。
数歩歩いただけなのに遠目にも額に汗しているように見える。
鴉羽学園現学園長。
確か資料で見たその名は、
「何言ってるんだね兵極君。そんなことをする必要は」
「必要! もちろんあるさ。禍鵺の研究は亀の歩みだ。何といっても最大の課題は研究材料の不足なんだよ。奴らの生体は捕獲が難しい。死体は燃えカスとなって用をなさない。人間の体で代用するには自ずと限界がある。これでは到底僕の進めているプロジェクトは完璧と言えない。せめて僕が対象を直接見ることが必要不可欠だ。これは我々人類のために必要不可欠な行為だよ」
「悪いが危険な真似はできない。貴方にも、私の仲間にも」
紗綺はきっぱりと言った。
刀の柄を握り締めて踵を返す。
「ここで待っていてくれ。禍鵺は私たちが倒してくる」
「まぁ、いいではありませんか」
彼女までも壇上から降りてきている。
「紅緋絽纐纈さん、貴方と一緒なら化物など恐れるに足りないでしょう? 廻理さんと一緒に行きなさい。これは生徒会長としての命令です」
「——本気か?」
「わたくしはいつだって本気ですわ。それとも不安かしら?」
紗綺は舞鳳鷺の真意を推し量るようにその目を覗き込んだ。
舞鳳鷺は相変わらず不敵に笑っている。
やがて紗綺は諦めたように頷いた。
何より押し問答している時間が惜しいと思ったのかもしれない。
「分かった。だがけして私から離れないでくれ。それと、仲間が危険に遭ったらそっちを優先することは忘れないでほしい」
「僕は仲間の対象外か。まぁいいだろう。感謝するよ」
雑喉は何か言いたげに舞鳳鷺と廻理の間に視線を行き来させていたが、彼が何か言うより先に彼に舞鳳鷺が言い放った。
「学園長、貴方も廻理さんに同行なさい」
「はへっ? わ、私ですか?」
「ええ」
「あ、あいにく私はここで生徒諸君の安全を監督する責任がありまして……」
「そんなこと貴方じゃなくてもできるでしょう。仕方ありませんわ、わたくしが代行して差し上げるから貴方は行きなさい。それとも紅緋絽纐纈さんや廻理さんは大切な生徒に含まれていないのかしら?」
「いやいや、そういうわけでは……」
雑喉は飼い主が餌をお預けしたまま長電話を始めたときの犬みたいな表情をした。やがて首をがっくり落とす。首輪がだらしなく垂れた。
「あの、せめてこの首輪はそろそろ外しても……?」
「何を言っていますの。昨日賭けに負けたとき丸一日それを付けておくルールと言ったでしょう? 当然そのまま行くのですわ」
「わ、分かりました……」
紗綺はそんなやりとりを尻目に無線を持った生徒と話していた。やがて毅然とした眼差しを一堂に向ける。
「時間がない、急ごう。目撃情報によると禍鵺は北校舎で出たそうだが複数いる可能性も考えるべきだ。二手に分かれて行こう。北校舎へは私と兵極廻理、学園長で行く。村雲、竜巻は南校舎のほうを頼む」
声を掛けられたふたりが再び力強く応える。
彼らに続く赤色生徒会の面々も身構えて紗綺を見ている。
それを見届けて紗綺も頷き、颯爽と身を翻した。
「——行くぞ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます