第六幕 新任教師と生徒会長(青) ④

 


 講堂が異様な緊張感に包まれた。

 舞鳳鷺まほろ紗綺さきは距離を置いて睨み合っている。

 その様子を生徒も教師も固唾を呑んで見守っていた。

 壇上の生徒会たちは紗綺に敵意の目を向けつつも彼女らの間に入れない様子でいる。

 天才少女の兵極ひょうごく廻理めぐりだけは眠たげに何も聞いていないような顔をしているが。

 ちなみに首輪を嵌めた学園長は慌ただしく目を泳がせているだけだ。


——やっぱり違うな。

 康峰やすみねは遠くの紗綺を見ながら思った。

 彼女とは少し話したが、とても年頃の少女とは思えない風格がある。

 単純にその言葉や声だけではなく、佇まいや雰囲気のすべてが彼女をどこか別格の人物に見せていると言える。康峰でさえ彼女を前にしてどうも居心地が悪くなるのだ。同年代の少年少女にとっては猶更だろう。


 再び紗綺が口火を切った。

「既に何人もの生徒が危険に晒されている。これ以上の不安は広がりようもないほどだ。皆のためと言うならば憶測でも調査状況を話すべきではないか?」


「そうだ!」

 不意に周囲の生徒が叫んだ。

 それに同調するように、生徒たちが口々に怒鳴ったり叫んだりし始める。沈黙を破って一斉に講堂が喧噪に包まれた。

 まるで一斉に鳴き出す鴉のように。

 いい加減にしろだとか、恥を知れと言った暴言も聞こえた。それに対し壇上の生徒会も容赦なく唾を飛ばし始めた。

 康峰は動揺したが、傍らの先達せんだつは意外に平然としている。

 教師たちも特に驚いたり止めに入ったりする様子もなかった。


——先達が言っていたのはこういうことか。

 生徒たちには生徒会への鬱憤が溜まっている。この機会はその捌け口になるのだ。恐らくこんな事態も今回が初めてではないだろう。


「おぅおぅおぅ、黙って聞いてりゃ好き放題言ってくれるじゃねえかァ? 元はと言えばお前ら青ビョータンが揃いも揃って役に立たねえのが悪いんじゃねぇかよ!」


 一際通る声が喧噪から突き抜けた。

 馬更ばさら竜巻たつまきが相変わらずポケットに手を突っ込み、サングラス越しに壇上の舞鳳鷺たちを睨み上げている。

「お前ら青色のやり方はクソ生ぬるいって言ってんだよ。もう何か月も経つのに犯人のケツの毛も捕まえられねぇのはまだるっこしいやり方してるからじゃねぇのか?」

「まぁ尾籠びろう。なんて言葉遣いでしょう」

「ビローだかビードロだか知らねぇけどな、俺なら疑わしい連中を逆さ吊りにしたって調べるぜ。尋問くらいじゃ捕まるモンも捕まらねぇだろうよ——なぁ灰泥はいどろ!」


 竜巻は言葉の最後を振り返って言った。

 ひとりだけ離れて講堂の後ろの壁に凭れていた灰泥煉真に注目が集まる。

 目を閉じていた彼がその声に反応した。

 目を開き、無言で竜巻を睨む。

 しばらくふたりは睨み合った。


 そういえば灰泥煉真は殺人バットの容疑者と言われていた。

 あいつ自身が昨日会った際にどれだけ本気か知れないがそんなことを言っていた。大方康峰を追い払うための方便だと思ったが——

 この反応を見るに、多くの生徒が彼の容疑について知っているようだ。

 そう考えると生徒たちの煉真に対する反応も分かる。殺人鬼かもしれない奴と同じ建物のなかで呑気に全校集会などしていて平気なはずがない。


 無言のまま煉真が竜巻から視線を外し、自分を見る連中をぎろりと睨む。

 生徒たちは慌てて目を逸らした。

——ホントに殺人鬼じゃないだろうな……?

 康峰は今更ながら肝を冷やす思いがした。

 そもそもこうして彼がいまここにいるのは自分のせいなのだ。何かあったら自分のクビが飛ぶ。


 ふん、と竜巻が鼻で笑う。

 舞鳳鷺に向き直った。

「知らねぇわけじゃねえよな、あいつの噂も? それとも何か、次に誰か殺す現場に出くわすまで泳がしとくつもりかよ? じゃなきゃ島じゅう死体の山になってからがてめぇらの出番か?」

「予断は悲劇の始まりですわ。疑心暗鬼に駆られて罪なき生徒を断頭台に立たせるほど愚かなことはありません。わたくしたちは皆、同じ荒れ狂う海に浮かぶ方舟はこぶねの子羊。黙示録アポカリプスの時代に名を連ねる者同士、助け合って生きねばなりませんもの」

「ンなおべんちゃらも聞き飽きたぜ。いいから全部てめぇらに任せて俺らにはおとなしく殺されてろってか?」

「余計なことはせず、鴉羽からすば学園の生徒として恥じない行動をとるように——そう申し上げているのですわ。いい加減ご理解いただけます?」

「ァあ⁉」

 竜巻が踏み出そうとした。

 だがその前に踏み出した者がいた。

 紗綺だ。


天代弥栄美恵神楽あましろいやさかみえかぐら

「……何でしょう?」

「驚いた。お前の口から《恥》という言葉を聞くとはな」

 あくまで冷静な口調だが、紗綺の目の奥には小さな炎が揺れているように見える。

「だったら教えてくれ。《恥》のない生き方とは何だ? 仲間が殺されているというのに人任せにしてのんびり学園に通い続けることか? 同輩がわけの分からない死に方をしたというのにそれを忘れて普段の生活を続けることか? 私には分からない。分からないからずっと探している。お前が《恥》を教えられるというなら是非教えてくれ」


 紗綺はまっすぐ舞鳳鷺を見据えていた。

 舞鳳鷺はしばらく黙って彼女の目を見返していた。

 やがてその唇が開いた。

 ぽつりと呟く。


「惜しいこと……」


 確かに——そう聞こえた。

 だがそれがどういう意味なのか。その真意を質す機会は悲鳴のように鳴り響いたサイレンに掻き消された。


「な、何だ?」

 康峰が思わず言う。

 周囲の生徒や教師も一斉に取り乱していた。

 傍らの先達が強張った声で言った。

「このサイレンは……第二級警戒事態です」

「第二級?」

「ええ」

 先達が頷いた。


「学園敷地内に禍鵺が現れました」


 

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