第六幕 新任教師と生徒会長(青) ③

 


 講堂のなかは数百人の生徒で犇めいている。

 全校生徒ではない。いつ出現するか知れない禍鵺の警備のために一部の生徒は外に出ている。

 それでもこれだけ多くの生徒が一堂に会する機会はごくまれだろう。全校集会のような機会がなければ滅多に拝めるものではない。

 禍鵺との戦闘に備え鍛錬を積んできた少年少女たちだ。それが黒い軍服に身を包み軍帽を被って整列している。その光景は後ろから眺めただけでもなかなかに壮観だった。

 生徒以外にも教員、職員数十人が生徒を取り囲むように立っていた。

 彼らもどこか厳粛な面持ちで整然と列を作っている。

 鬼頭きとう教官の姿もそのなかに見えた。


 そしてそんな一同を前に——

 ステージ上から弁舌を揮っている少女がいた。

 説明がなくてもすぐに分かった。

 あれが青色生徒会長のお嬢様だ。

 すぐに判断できたのは以前に生徒名簿で顔写真を見ていたのもあるが、何より彼女自身の華々しい恰好を見れば明らかだ。

 透き通る天の空に似た青く長い髪。

 これから舞踏会にでも行くのかと思うような煌びやかなドレス。

 指先には素人目にも高価と分かる宝石が光を放ち、康峰が一生買えそうもないネックレスやブレスレットのような装飾品アクセサリーを纏っている。

 そして極めつけは場違いで滑稽なまでのアイシャドー、白く化粧された顔。


「皆様、何も心配はございませんわ。学園ならびにこの島を脅かす脅威は我々が早々に排除します。既に脅威の出所は絞り込みつつありますわ。皆様に置かれましては安心して学園生活に励まれますよう」

 まるで歌っているかのような高らかな声。

 それに身振り手振りを交えて話している。

——やっぱり実物は迫力が違うな。

 康峰は世界遺産の実物を見た観光客みたいなことを思った。


 ふと康峰はド派手会長の両袖に控える男と女に気付いた。

 生徒会長があまりに目立つのでしばらく気付かなかったが、あのふたりも十分気になる。

 女のほうは恐らく生徒、先達たちと同年代だ。

 ショートの栗毛色の髪。白衣を纏い丸眼鏡を掛けている。

 やや猫背で退屈そうな表情を浮かべているが、遠目にも知性的な印象は否めなかった。

 康峰も白衣を纏っているがこっちが患者だの死に装束だの言われるのに向こうは全くそう見えない。不思議だ。


「先達、あれは?」

 小声で康峰は隣に話しかけた。

 先達が目だけスライドしてそっちを見る。

「ああ、副会長の兵極ひょうごく廻理めぐりさんです。彼女はとても優秀ですよ。生徒会長から直々に生徒会にスカウトされたそうで、禍鵺の生態や攻略法について研究をしているそうです」

「そんなのもいるのか……じゃあ、あっちは?」

 康峰は兵極廻理と逆側に立つ中年の男を顎でしゃくった。

 康峰より一回りくらい年上か。儚い生物の運命に翻弄された世の多くの中年男性がそうであるように、突き出た腹をし、そこはかとなく不自然さが拭えない髪が頭部に乗っている。

 十中八九、カツラに違いない。

 そこから視線を落として行くともうひとつ酷く不自然なものに気付く。一応ネクタイを締めスーツを着た服装は普通だが、首には犬が付けるような首輪を嵌めているではないか。

 十中八九、変態に違いない。


 先達が少し驚いたようにこっちを見た。

「知らないんですか? ここの学園長ですよ」

「えっ、あれが⁉」

 康峰は思わず声を張り上げた。

 ステージ上の生徒会のひとりがぎろりとこっちを睨む。

 康峰は俯いて咳払いをした。先達も慌てて知らないふりをしている。

——あんなのが俺の上司だったのか……

 康峰は改めてちらりと見る。

 求人誌を捲る日もそう遠くないかもしれない。


「能書きはもう結構だ、天代弥栄美恵神楽あましろいやさかみえかぐら舞鳳鷺まほろ


 いきなり凛とした声が講堂に響き渡った。

 滔々と語り続けていた少女の声が止まる。

 壇上の青い軍服も、その下に居並ぶ黒い制服も、声のしたほうを探すように目を向けた。

 やがて視線は講堂の中央に立つひとりの少女に集まった。

 緋色の長く伸びた髪。

 まっすぐ伸びた背筋に、腰に差した紅緋べにひの刀。

 人形のように整った顔立ちながら、その瞳は揺らめく炎のように強い意志を感じさせる。

 赤色生徒会会長・紅緋絽纐纈べにひろこうけつ紗綺さきだ。

 彼女はステージに向かってゆっくり歩き始めた。

 モーセの前で海が割れるように生徒たちが道を開ける。


「私たちはそんなありきたりな演説を聞くためにここへ来たわけじゃない。聞きたいのはもっと具体的なことだ。お前も分かっているだろう?」

「発言を控えろ、まだ会長のお話の途中だろう!」

 壇上の生徒会のひとりが紗綺に向けて唾を飛ばした。

 それを意に介する様子もなく、紗綺は言葉を紡ぐ。

「もう十分待った。これ以上は待てない。私の意見ではない、ここにいる皆の総意だ」


「結構ですわ、紅緋絽纐纈さん」

 舞鳳鷺が口を開いた。

「生徒の声に耳を傾けてこその生徒会長。それでは、貴方は具体的に何をお聞きになりたいのかしら?」

「まずは殺人バットの件だ」

「それについては先ほど申し上げたはずですわ。概ね犯人は目途が付いています。もうじき真相を解明してから皆さんにも——」

「それでは遅い。なぜいまここで話せない?」

「あらあら、まぁまぁ、せっかちですわね赤色生徒会の会長さんは?」

 舞鳳鷺は揶揄するように唇を歪めた。

「憶測で物を言っては皆さんに不要な不安を広げてしまいますわ。それに不用意な発言をして犯人を取り逃がしては元も子もありません。そのくらい聡明な貴方ならお分かりになると思いましたが……?」

「分からないな」

 間髪入れず紗綺は切り返した。

「あいにく私はお前ほど賢くないんだ」


 舞鳳鷺の端正な眉間がぴくりと震えた。


 

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