第六幕 新任教師と生徒会長(青) ①
「苦戦されているようですな、
職員室で生徒名簿とにらめっこをしていると、声を掛けられた。
戦闘教官の
相変わらず金属の義手を抜きにしても厳つい。
「ええ。やはり教師っていうのは何かと大変ですね」
安っぽい椅子が悲鳴を上げる。
この男とは康峰が学園に来た初日からちょくちょく顔を合わせることさえあっても、あまり会話する機会はなかった。こうして今日声を掛けてきたのも彼なりの気遣いかもしれない。
——そもそも新任教師に対してあまりに説明不足な気がするが……
康峰は初日に鬼頭に案内してもらって以来、ほとんど誰からも説明や紹介を受けていない。学園長の顔ですらまだ見ていないのだ。
とはいえ、鬼頭にその不満をぶつけても仕方ない。
連日いろんな生徒と会い、説得を試みてきたが、依然捗々しい成果は出ていない。朝から胃がきりきり痛んで仕方なかった。
「先生が苦労されている責任の一端は我々にもあります。本来なら我々が奴ら生徒どもを授業に引きずり出していれば先生に苦労を掛けることもない。しかしこの学園の現状がそれを難しくしている。……全くもって歯痒いことです」
鬼頭が重々しく慨嘆を漏らす。
康峰は黙って頷いた。
「そういえば、先生はデータベースをご存知ですかな?」
おもむろに鬼頭が言った。
「何ですか、それ?」
「教師のみ閲覧を許された職員用コンピュータ内にあるデータベースですよ。名簿には書けないような生徒の詳しい情報もあります。本来なら学園長の許可が必要ですが……宜しければ私がパスワードをお教えしましょう」
「いいんですか?」
「まぁ、このくらい構わないでしょう。ちょっとは先生の助けになるでしょうし」
鬼頭からパスワードを教えてもらっていると、チャイムが鳴った。
鬼頭は訓練のため足早に職員室を出て行く。
ひとり残された康峰はさっそくデータベースとやらを調べてみることにした。どうせ教室に行っても生徒はいない。
コンピュータを起動ボタンを押した。
起動を待つ間、以前どこかで聞いた話を思い出す。
戦時中より、コンピュータを介した遠隔地への通信技術の開発が急がれたこともあったが、度重なる他国の妨害や資金不足、極めつけは
使徒はいずれ国境を越えた通信も開発する計画を発表したが、禍鵺や白化病の課題がある限りいつのことになるか分からない。
——まぁ、何であれ俺には関係ないけどな。
そんな夢のような時代が来るまで自分が生きているとは到底思えない。
データベースとやらはすぐ見つかった。
鬼頭の言う通り紙の生徒名簿より詳しく生徒に関する情報が記載されている。在校生のものだけでなく、卒業生のものなども載っているようだ。康峰はしばらくその情報を目で追って行った。
ぎょっとした。
ある生徒の顔写真部分に赤く【死亡】と書かれている。
それもひとりやふたりではない。
——それもそうか……
つい忘れそうになったが、ここは禍鵺と戦う最前線なのだ。
死亡する生徒が出ないほうがおかしい。
だが、いざ具体的な氏名とともに眼前に表示されると動揺してしまった。
——あいつらもこうなる可能性があるんだよな……
康峰はここ数日で会った生徒の顔をぼんやり思い浮かべた。
いろんな奴はいたが、どいつもこいつもまだ子供には違いない。
そしてこの島にやってきたということは、誰しも両親や兄弟から切り離されている。ここにしか居場所がないのだ。
もう島に何年もいれば彼らにとってそれが「当たり前」なのかもしれない。
だが幼い頃は孤独に
それでもどうしようもないからここにいる。
この島で戦っている。
ここはそういう島だ。
康峰は頭を振った。
いまはそんなことを考えている場合じゃない。俺はあいつらを学校に来させなきゃならないんだ。でなきゃ俺が困る。
——それであいつらは納得するのか?
自分の事情を押し付けて、こっちの都合で学校に来いと言ったところで、あいつらが言うことを聞くだろうか。
あいつらの立場に立って考えないと——
「……まるで本当に教師だな」
ふと我に返って康峰は苦笑した。
つい先日まで自分がこんなふうに教師らしい思考を巡らすことになろうとは予想もしなかった。
ひとまずデータベースを閉じようとしたとき、ふとある生徒の名前が目に止まった。
【
その少女の名前の下には【調査中】とある。
どういうことだろう。死亡でもなく、失踪中でもない。この生徒だけ【調査中】という表現を使っているのが気掛かりだ。
康峰は夜霧舞宵に関する詳細情報に目を通す。
年齢は十五歳——沙垣先達や
顔写真の少女は眼鏡を掛け、後ろに束ねた黒髪をリボンで結んでいる。
何ともこう、地味と言うか——幸の薄そうな顔だ。顔写真からは分からないがプロフィールを見ると、意外に背は高く、
だがこういう子に限っておとなしいのも分かる気がする。
夜霧舞宵は特に目立った問題を起こすでもなく、よくいる生徒のひとりだった。
とはいえ《
一方であまり交友関係は広くなく、ひとりで本を読んだり絵を描いたりするほうが好みだったようである。
そして彼女はいじめに遭っていた形跡がある。
教師含め生徒何名からも目撃証言があった。いじめをやめさせようとする動きはあったが、何せ相手が悪い。いじめのグループは青色生徒会のメンバーだった。
教師も注意と警戒をしたが、やめさせるのは難しかったらしい。
そして夜霧舞宵はいまから約三か月前のある日の早朝、校舎屋上から飛び降りて自殺した。
だが不審な点はここからだ。
夜霧舞宵をいじめていた主犯格の少女自身が、舞宵自殺の約ひと月前に失踪している。こっちは【失踪中】扱いである。彼女が消えて以降、少なくとも表向きはいじめは終わっている。
にも拘わらず、夜霧舞宵はいきなり屋上から飛び降りた。
「いじめが終わったあとに自殺……?」
どうも不自然だ。
当然動機について捜査が行われたが、結局碌にその理由を見つけられないまま打ち切られた。
舞宵と仲の良かった生徒からは抗議の声が上がり、捜査は形だけ続行されたが、その後何も見つかってない。実質的に打ち切られたも同然だ。
「妙だな……」
康峰は腕組みをして考え込んだ。
少女の自殺原因も不明だが、それ以上に鬼頭や生徒たちからこんな事件があったことを聞かされていないのも引っ掛かった。
そういえば——
ふと、あることに気付く。
あいつらはなんでボイコットを始めたんだっけ……?
いや、考えなかったわけじゃない。
鬼頭からそれらしい話も聞いた。
そもそも化物と戦いを強要されている立場であり、殺人鬼が徘徊する現状を思えば、それほど疑問に思うことでもないかと深く気に留めなかったのだ。
何より異常なことが多過ぎて改めて深く考える余裕もなかった。
『いろいろと複雑な事情があり、一番の原因がこれとは言い難いですが……少なくとも言えるのが、《生徒会》ですな』
鬼頭は初日にそう言っていた。
確かに康峰が目撃したなかでも青色生徒会の素行はよくないものだった。だが、それだけが原因じゃない。鬼頭自身も「複雑な事情」と言っていた。
それはつまり、他にも理由があるということだ。
では何故それを話さないのか。
何かを——
隠している?
鬼頭や、生徒たちが。自分に対して。
考え過ぎだろうか。
だがそう思ったのは、ここ数日間生徒たちと会うなかで何か得体の知れない『違和感』のようなものを覚えていたかもしれない。
まさかとは思うが。
もしそうなら。
——一体何を?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます