第五幕 新任教師と問題児 ③
「ははっ、センセーもなかなか面白ぇこと言うじゃねぇか!」
傍を通り過ぎた老人が少し訝るようにこっちを見たが、何も言わずそのまま通り過ぎて行く。
——よし、この調子だ。
あと数十メートル歩けば小さな公園がある。そこのベンチにでも横にしておこう。あの辺は飲んだくれがそうして眠っていることが多い。遺体の発見は遅れるはずだ。
尚も酔っ払いに肩を貸しているふうを装って歩き続けた。ここまで数人と擦れ違ったが死体に気付かれた様子はない。
背中を冷や汗でびっしょりにしながら煉真は足を急がせた。
ようやく視線の先に公園が見えてきた。
見た限りベンチに先客もいない。
——行けるぞ。
「よ~~~お、そこの兄ちゃん。何してんのぉ?」
明らかにバカと分かる声音が背後から掛かった。思わず出掛かった舌打ちを呑み込む。
ゆっくり振り返る。
そこに四、五人の若い男が立っていた。
どいつもこいつにも似たようなバカっぽい顔にバカっぽい服装をして、極めつけは獲物を見つけたと言わんばかりにバカみたいにニヤけた表情を浮かべている。
「なぁなぁ兄ちゃん、俺たちいま困っててさぁ。カネ持ってる?」
「ふざけた真似すんな。俺はいま忙しいんだ」
「何だよ、ちょっとは付き合えよ」
先頭の男は煉真の肩に担がれた男の顔を覗き込んだ。
「見ない顔じゃん。こいつ誰だよ、レン?」
煉真は咄嗟に身を捻って康峰の顔が男から見えないようにする。正面から顔を覗かれたんじゃ流石に死人とバレる。
「ああ、まぁその、新任教師だってよ」
「新任教師ぃ? それでわざわざレンに会いにこんなとこまで来たって?」
「そう言ってた」
「言ってた?」
「ああ、いや、ちょっと疲れてたみたいでな、話してる最中に眠っちまった。しょうがねぇよな、全く! そうだ、そこのベンチで眠らせてやろうか!」
「っかぁ~、優しいねぇレン君。俺なら殴って追い返してたぜ、なぁ?」
男が周りの連中に笑いかけると、揃って似たようなバカ笑いで唱和した。
「そんなことより俺に何か用か?
「別に? ……ああ、でもあの人、お前が最近顔見せないから心配はしてたぞ。ちゃんと《祭り》には来るんだろうなって」
火滾は煉真の先輩だ。
元は
当初はおとなしくイワシ漁で働いていたみたいだが、数か月も持たず親方と喧嘩したあと行方を晦ませた。
その後晴れて島に棲み付いてるろくでもない犯罪者とつるんで裏の仕事をし始めた。この島にはそういう連中が結構いる。
学園にいた頃から何かと暴力沙汰が絶えず、碌でもない男だったが。それでも世話になったことは変わりない。
いまの住処を与えてくれたのも彼だ。
どうやってあんな空き家を見つけたのかは知らないが——
何にせよ、大方ここにいる連中も煉真同様に彼から住処を融通してもらった者たちだろう。
「しつけぇな、あの人も。《祭り》なら行くって言ってんのに」
「まぁ、気持ちは分かるけどね。レンが肝心なときにビビって来なかったら困るし」
「……誰がビビるって?」
男は鼻を鳴らして低く笑った。
「別にぃ、深い意味はねえけど? まぁほら、レンって案外慎重なトコあんじゃん?」
「余計な心配だ。俺は行くって約束した以上行く。火滾さんにもそう言っとけ」
「ふぅん。ま、いいけど。火滾さんにも言っとく」
「ああ、頼んだぞ。……じゃあな」
煉真は男たちに背を向けて再び歩き出した。
男たちの粘つく視線を背中に感じる。
が、声を掛けてくることはなかった。
——厄介なアクシデントに見舞われたが、何とか乗り越えた。
ようやく公園のベンチの前に来た煉真は息を吐く。
周囲に誰もいないのを確認し、ゆっくり遺体を寝かせた。
なるべく自然に見えるように姿勢を調整する。
「……よし」
何を見て言ったのか自分でも疑問に思いながら、儀式的にそう呟いて遺体に背を向け素早くその場を離れた。我ながらまるでドラマに出てくる死体遺棄して現場を離れる犯罪者のよう——ってその通りか。
ようやく汗が引く。
——それにしてもあの男、ホント何しにこの島に来たんだろうな……
こんな事故で死んだのはちょっと可哀想な気もするが、仕方ない。
そう。あれは事故だ。
俺は悪くない。
あんなあっさり死ぬなんて誰も思わないし。
「仕方ない……よな」
どこかすっきりしないものを胸に抱えながらも、煉真は歩き続けた。
公園から出て数歩歩いたとき、再びバカみたいな笑い声が鼓膜に響いた。
——おい、まさか……
嫌な予感がする。
それとなく踵を返し、公園の入り口からベンチのほうを伺った。
「じゃーん、油性ペン。落書きにはこれだよな」
「まず服脱がせちまえよ。写真も撮ろうぜ」
「男の裸なんか見たくねぇっつうの」
予想通り、ベンチの遺体の周りにはさっきの連中が集まっている。先頭の男が屈んで片手に油性ペンを持ちもう一方の手で康峰の髪を掴み顔を持ち上げていた。
「あん? こいつ——ほんとに寝てんのか?」
「バカ、起きてるように見えるか?」
「いやそうじゃなくて……」
「おいっ!」
ベンチの前に引き返した煉真は怒声を張り上げた。
一斉に男たちが驚いて振り返る。
だが煉真を見てすぐに表情を緩めた。
「何だ、驚かすなよ。戻ってきたのか?」
「何してる?」
「何って? 別に」
指先で油性ペンを一回転させた。「このセンセーに落書きして遊ぼうかなって。何か問題ある?」
——大ありだ。
そんなことをすれば死体だと流石にバレる。現にいま危なかった。こんなに早くバレては逃げる暇もない。
が、それを言うわけにも行かない。
何とかしてこいつらを追い払わないと。
煉真は黙って下唇を舐めた。
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