第四幕 新任教師と女子高生 ①

 


「ねぇ、何の雑誌見てんの?」

「クローネちゃん~。この服見てよ、ヒラヒラ超カワイくない?」

「またあのアイドル? チチ子最近そればっかじゃん」


 ——昼下がりの喫茶店で一際騒がしいテーブルがある。

 噴水広場の一角にある『ミストレス』は四方闇島よもやみじまで数少ない喫茶店だ。

 暇を持て余した鴉羽からすば学園の生徒がここに入り浸ることも少なくない。

 本土ならファーストフード店辺りで見掛けそうな光景だが、あいにくこの島にはそうした店がない。代わりに学生客が増えたことを受け、ファーストフード系のメニューを用意したらしい。

 テーブルにポテトやナゲットを置き、雑誌を広げた三人の少女は絶えることなく食べるか喋るかして口を動かし続けていた。


「あの……ちょっといいですか?」

 沙垣さがき先達せんだつはその三人におずおずと声を掛けた。

 三人の目、計六つがこっちを見る。

 それだけで汗が噴き出した。

 ……話しかける隙が全然ないので強引に割って入ったけど。こうして見られるとどうしていいか分からなくなる。

「なに? あたしらに何か文句あんの?」


 真っ先に口を開いた少女は鵜躾うしつけ綺新きあら

 三人のなかでも際立って派手な髪、服装をしている。

 よく見れば学園の軍服と分かるが、胸元は開けているし、服や帽子のあちこちにシールだアクセサリーだを散りばめている所為で最早原型を留めていない。

 四方闇島にもああしたグッズやアクセサリーを扱う店はあるがそれだけとは思えない。噂では彼女は島外から来た男から何かと貰ったり買ったりしているらしい。

 特徴的なオレンジ色のサイドテールの髪も先達とは別世界の人間のようだ。


——と言うか、僕の顔覚えてないのかな……

 一応同期で何度も一緒に訓練してるんだけど。

 綺新の言葉に内心傷つきつつ、先達は言った。

「ち、違うよ……僕はただちょっと話がしたくて」

「は? ナンパってこと?」

「違うよ! というか、僕じゃなくて彼が——話があるみたいなんだけど」

「はぁ? 彼?」


 先達が背後の男に視線を向けると、三人の視線がそっちに向く。

 埃っぽい白衣。肩まで伸びた白髪。

 松葉杖を片手にした目つきの悪い男。

「ごほっ、けほっ」

 軛殯くびきもがり康峰やすみねは咳払いをした。

 ……いや、彼の場合は単に喉の調子が悪いだけかも。


「何このおっさん? あたしパスね」

「まだ何も話してないうちから勝手にパスするな。お前たち、鵜躾綺新、早颪さおろし夢猫むねこ荻納おぎのう衿狭えりさだな? 話がある。俺は新任教師の軛殯康峰だ」

「は? なんて?」

「軛殯康峰だ」

「エリ、いまの分かった?」

「うーんもう一回聞けば」

「俺の名前はリスニングテストじゃないんだよ。いや、そんなことはどうでもいい。お前たちはこんな平日の昼下がりに何をしてんだ? あとその制服の着方は何だ?」

「うわ。いきなり説教じゃん。グロ。チチ子、エリ、任せた」

 綺新はそう言いながらポテトを口に運んだ。

「チチ子はやめてよぉ~、知らない人の前で。誤解されちゃうじゃん」

「誤解も何もないでしょ。揉むぞコラ」

「ぷぅ」

 チチ子と呼ばれた早颪夢猫が不満そうに唇を尖らせる。

 椅子に座り直すように腰を捩った拍子に大きな胸が揺れるのを、先達は意識的に目を逸らして見ないようにした。


 早颪夢猫は先達たち同年代のなかでもやたら発育がいい。大人顔負けの胸の大きさは同級生男児はおろか女性の視線さえ惹きつけてしまう。

 綺新なんて何かと人前で彼女の胸を揉もうとするのだからありがた——いやいや、迷惑極まりないのである。

 いつも眠たげな垂れ目と紫色のロングヘアも特徴的だが、そんな特徴を置き去りに『チチ子』なんて呼ばれるのも無理ないと思う。


「……沙垣君もいるんだね。今日は先新しい生の案内役?」

 荻納衿狭が静かに口を開いた。

 テーブルに置いたコーヒーカップに右手を添えている。

 先達の心臓が跳ね上がった。

「う、うん。そんなとこ。頼まれちゃって……」

「そう」

 衿狭は少し微笑んだように見えたが、先達はその顔を直視することができなかった。

 視界の端で彼女の様子を伺う。

 荻納衿狭はこの三人組のなかでは少し浮いて見える。

 そのまま学生手帳の手本に乗せられそうなくらい丁寧に着こなした軍服。

 肩まで伸ばした艶やかな黒髪。

 物静かで落ち着いた瞳。

 いつも弓のように穏やかな曲線を描く口元。

 何事にも無関心で無頓着なように見えて、時折鋭い指摘や誰も気付かないような発見をする。先達は何度も彼女の目に驚かされてきた。

 同じ年のはずなのに、彼女の前に立つと自分がずっと子供のように感じてしまう。


「あ、沙垣っちいたんだ。久しぶりぃ」

 鵜躾綺新がいま気付いたように手を振った。

——さっきからいるよ。

 と言うか会話してたよ。

「沙垣っちって……」

「なに、イヤ?」

「前はサガっちって呼ばれてたような」

「そうだっけ? あたし記憶力ゼロだし。なんて呼ばれたい? サガッキー? ガキガキ?」

「……さ、沙垣っちでお願いします」

「あはは、面白いねサガッキーって。あんま喋ったことないけど、面白い奴だろうなってずっと思って見てたんだよ、ホントホント。ね、あんたもそう思うでしょ、エリ?」

 綺新はそう言いながらも気安く先達の背中や肩を叩く。

 先達はどうしていいか分からずちらりと康峰のほうを見た。

 康峰は腕を組んで三人の少女を観察している。助け船を出す気はないらしい。薄情だ。


 そこへ衿狭がすっと綺新の前に割り込んだ。

 少し首を傾げ唇は笑っているが、薄く開いた眼はどこか冷たい光を放っていた。

「ねぇ綺新。それはダメでしょ」

「ん? 何が?」

「返してあげて」

「あぁ、いっけね! いつの間にやっちゃったのカナ。ごめんごめん、悪気はないから!」

 はい、と言って綺新は片手に持った財布を先達に投げた。

 先達は慌ててそれを受け取り、目を白黒させる。

「え? ……あ、僕の財布!」

 いつの間に——いや、さっき背中や肩を叩いたときか。全く気付かなかった。

 そういえば、彼女は異様に手が早くて指先が器用だという噂を聞いたことがある。島に来た旅行客や嫌いな教師の私物を掠め取っているとかいう噂も何度か耳にした。

 その真偽は定かでないものの、いまの手際を見るに事実でも不思議はない。

 綺新本人は少しも恥じる様子もなく舌を出してごまかしていた。

——やっぱりこの三人を次に選んだのはマズかったかな……

 先達は早くも後悔し始めていた。


 昨日、紅緋絽纐纈べにひろこうけつ紗綺さきら赤色生徒会の面々と会ったあと、康峰やすみねは彼らを授業に引っ張り出すことを「一旦」諦めた。

 彼らは手強い。最初に懐柔するには無理がある。

 ということで——

 先達の案内で、今日はこの三人に会いに来たが。

 ある意味で彼女たちは昨日の三人より厄介かもしれない。


 

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