chapter6 勇者様はお嫁さんに剣を託す
「つまり、ブロッサム領に行くのは、この皆さんのわけですね。改めて、感謝申し上げます」
私は改めて、思考を整理する。
「……ローズも同行するの?」
私の言葉に、ローズは眉をひそめた。薔薇の花も、ココまで赤くなるまい。
「お姉様?! 私、何回も申し上げましたが、魔法国家リエルラの記録係として【旅人】の記録を納めるという任を受けました。故に、お姉様。私をリリー王国第二王女としてではなく、魔法国家リエルラ――薔薇の聖女、ローズとして同行をお許しくださいませ」
ペコリと頭を下げるローズに思わず、頬が緩む。優秀な妹と対比され続けてきた。元婚約者、ダンデライオンがローズの元に歩む姿を見て――やっぱり、貴方もかと、落胆したのを今でも憶えている。
――貴方はバカですか!
ローズが一度、ダンデライオンに激昂した意味は、私には分からない。王族である以上、表に出したカードが真意とは決して限らないのだ。姉妹だからといって、仲良しでいられるほど、王族は清い関係じゃない。事実、多くの貴族は、薔薇派に傾注し。菖蒲派はごく少数だった。彼女の真意がどうなんおか。私には判断のしようが――。
▶リリー王国、第二王女。ローズ・フォン・リリー。聖魔法に特化した魔法属性が認められ、魔法国家リエルラに、実に二十年ぶりの特待生留学を実現した。現在、円卓の聖女の一人――薔薇の聖女ローズとして、認定。聖魔法とともに、薬草学に正通。しかし、魔法国家では【
「何をやってるの?!」
思わず、声に出してしまった。教皇は、魔法国家リエルラの最高権力者、国家元帥である。この情報の坩堝、【旅人】のもたらす
「何やっているのは、私の台詞ですからね、お姉様」
ジトッと、ローズが私を見やる。同じように、ラベンダーもサザンカも呆れた表情を隠さない。
「あ……あの……。アイリス姫、そろそろ降ろしてもらっても……」
そうアオイ様が言う。何が不満だと言うのだろう。もう夫婦としての契りは交わしたのだ。夫婦として連れ添うことは、なんらおかしくないと思うのだ。だいたい、呼び捨てをお願いしたのに、また姫呼称。アオイ様は、少し私に距離があるんじゃないだろうか。
「ご主人を、膝の上に乗せてずっと愛でる奥様って、なかなかニッチだって思うんだけどね? お姉様まさか、ブロッサム自治領で……領民の前で、そんなだらしない顔晒すつもりじゃないでしょうね?」
さらにジト目のローズに、私はコホンと咳払いをして――でも、やっぱりアオイ様を抱きしめてしまう。
私だって、分かっているのだ。
どれだけ、自分がだらしない顔になっているのか。
気付けば自然と、にへらと眉が下がっている気がする。
だって――これまで、どれだけ立場に相応しく。相手に相応しく、振る舞ってきたつもりなのに。誰も評価してもらえなかったのだ。
(それなのに――)
アオイ様は、その視線だけで、私を全肯定して見守ってくれているのが分かる。
否定されない。
ただ、受け止めてくれることが、こんなにも幸せだなんて、思わなかった。
隣を歩くだけで、もと
むにゅ。
私の頬は、その両手で挟まれた。
「アオイ様?」
「こういう時の顔って、過去を振り返っている時。ゲームでは、ダンデライオンを思い返している時なんだよね」
「いや、それは、そんなことは――」
「そんなことない?」
コテンと、アオイ様は首を傾げて。
それから、真っ直ぐに私を見る。
「それは……」
「ちゃんと、僕だけを見て欲しい。だって僕達、夫婦になるんだよね?」
「は、はい……」
かぁっっ、と自分の顔が真っ赤になるのを自覚した。自分で膝の上にアオイ様を乗せたくせに。こんなにも距離が近い。どうしよう、この距離でも足りない。もっと近くに、アオイ様を感じたい。もっともっと自分が欲張りになっているのを感じる。
あと少し、もう少しだけ、アオイ様を独占させてください――。
「だから、いつまでそうしているつもりなんですか?」
■■■
たっ、たっ、たっ。
王城のなかを、走る。
時間は、22時を回った。見回りの騎士以外は、すでに寝静まっている。
この間も、アオイ様が【検索】を続けている。
無数の文字の羅列。流れては消え、消えては流れ。白の断面図。概略図。現在の兵の分布図。それがリアルタイムで、網膜の裏側に投影される。
――まさか、聖堂誓約までされるとは。姫様には、驚かされますな。
――ジャジャ馬のせいで、全部、台無しだ。何のために【旅人】を掌握しようとしているのか、まるで理解しとらん。国益をなんと心得るのか。
――明日、再契約といたしましょう。
――それでは足りん。再教育、躾をしなおせ。
――御意。
下卑た二人の笑みが目に浮かぶ。
父王と宰相の密談まで、
私の行為は、いわば謀反と捉えられてもおかしくない。
国のために尽くすという大義名分が、今やこんなにも虚しいと思ってしまう。
アオイ様は、そんな私をやっぱり、まっすぐに見る。
口をパクパクさせて。
――し、ん、ぱ、い、し、な、い、で。
そう口を開いて。
声は無い。
それなのに、鼓膜を振るわせる。アオイ様の声が、まるで囁くように。
ぐっと拳を固める。
生まれて初めてのワガママ。
私はアオイ様の妻でありたい。
騎士でありたい。
そのためなら、どんなことだって厭わな――。
(え……?)
私たちは、王城のなかを迷わず、走る。目的地の厩舎へと駆け込んだ。
「どうして……?」
「これは嵌められましたな」
サザンカが、苦い表情を浮かべる。
厩舎には馬が無い。ただ、公務用の馬車だけが、忽然とあるのみだった。
網膜の裏側で表示される地図は、紅い点が増え――集っていく。
「残念だったな」
そう厩舎の入り口に、足を踏み入れたのは騎士団長だった。団員達がその後に続く。
「ネズミが馬を欲しがるのは、予想できた。とっくに、馬は移動させている。馬車なら、存分に使ってくれ」
バイザー越し、騎士団長が愉悦の感情を隠さずに、笑みを溢す。
「全員、抜刀! ネズミを逃すな」
団長の声を受け、騎士団が一斉に抜刀する。
王城内では騎士団を除いて、帯剣は許可されていない。素手で、騎士団と立ち向かわないといけないのかと思うと、嫌になる。それでも、無抵抗に切られるつもりはない。私は一歩、前へ。アオイ様を守るように――。
「コーディング、開始」
そうアオイ様が呟いた瞬間だった。瞬時に、私の手に文字という文字。その羅列が、集まってきたかと思えば、ショートソードを形作っていく。
「これ、は……?」
剣身に白百合が刻まれていた。私は目をパチクリさせる。
「アイリス姫。5分だけ、僕に時間をください」
と馬車の車体に手を触れる。間髪入れず、また文字が溢れ出していく。アオイ様が作ろうとした映像が、目に飛び込んできて――私は目を疑った。
(馬のいない馬車を、どうしようと――)
私は首を横に振る。
アオイ様から、剣を託されたのだ。
それなら、騎士のすべきことは、課された使命を全うするのみ。
剣を振る。
ぶんっ、と音が鳴る。今まで握った、どの剣より私の手に馴染んだ。
「お姉様、加勢しますわ」
ローズが錫杖を。サザンカが小太刀を。ラベンダーが、鍬を持って立つ。【旅人】のもつ能力【
(ラベンダーの鍬はどうかと思うけどね)
クスリと笑みをこぼして。
「ふざけるなっ! こっちは
私のショートソードと、名前すら憶えていない、騎士団員の大剣が衝突して。
金属音が耳を打つ。
そして――。
ぽきん。
あっさりと、剣は折れた。
■■■
▶シナリオ「騎士団の反逆」が開始になりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます