chapter5 まるでそれは、勇者様からお嫁さんへのプロポーズ



「アイリス様、これが大事になれば、国家反逆罪と言われかねませんよ?」


 そう言う割に、クスクス笑みを隠さない。家令スチュワートのサザンカ。王女付きの家令になるということは、貴族の末弟でもなければ難しい。そしてその資格があっても、困難だ。


 サザンカは見事に、その席を得た。私が、5歳の時に彼と出会って、今に至る。齢40代ミドルにさしかかり、綺麗な紅髪ワインレッド。そこに白髪ホワイトカラーが交じる。それが、自然で。まさに野生に咲くサザンカを思わせる。


 貴族から除籍され、家令として務める数十年。

 アイリスにとって、サザンカは年の離れた兄も同然といえる存在だった。


「……だ、大丈夫なのですか?」


 おろおろしているのは、ラベンダー。私より一つ年下の24歳。農村出身の彼女は、出自の村から、玉の輿を期待され、宮仕えに赴いた。宮仕えのメイドもまた、狭き門である。嫁げなかった貴族の子女、お取り潰しになった名門の元令嬢、商家の末娘等々、登用試験ではそんなハイエナがウヨウヨしているのだ。


 そんな彼女が、合格したのも、田舎娘故の気立ての良さ。平均以上に高い魔力値。家事をそつなくこなし、何より豪胆さもあり――そして無知だった。


 怪物姫と、そう言われるアイリス・フォン・リリー。

 こんな私に使仕えようとする給仕メイドは皆無。


 そう、このラベンダーを除いて。


 彼女の両耳が、やや鋭角に尖っていることなど、些事でしかない。畸形だと蔑む輩をなんど、稽古用の木刀で何度切り伏せたことか――。


 と、青い小鳥さんが舞う。



 ▶ネイティブ・リエルラ。魔法国家リエルラ誕生より先に居住していた、原住民の子孫。ラベンダー・ブランタジネット。錬金術の部族の出自。【旅人】を伴侶に迎えることが多かった。料理と、農業、薬剤生成を何より得意として――。


(え……?)


 思わず、面食らう。


 青い小鳥さんが、私の肩に。そしてアオイ様の肩に止まって、そんな言葉を口ずさむのだ。アオイ様は興味深そうに、ラベンダーを眺めていた。


 背丈は、ほぼ一緒。アオイ様がやや高い。

 そんな二人を見て、どうしてか胸の奥底がモヤモヤしてしまう。


「まぁ、姫が風雲児であることは承知していましたが、今回は思い切りましたな」

「サザンカ様、姫様に風雲児は、あんまりです。淑女に使うべき言葉ではありません。せめてワンパクと言ってください! 腕白うでしろと書いてワンパクです」

「全然、フォローになてないと思いますが?」


 この家令と給仕のやりとりも毎度、恒例のこと。状況は予断を許さないが、思わず頬が緩んで――。



 ▶サザンカ。グロリー家嫡子とは異母兄弟にあたる。政治経済に有数の知識をもつ。公爵家の英才教育を幼少より受けている。所属は【影】で――。



 パタパタ、青い小鳥が舞う。

 その度に情報がとめどなく流れこんでくる。

 まるで、この現象には気付かないかのように、サザンカとラベンダーは、会話に興じている。



(ちょ、ちょっと待って?!)


 情報量が多すぎた。この一瞬の間に、0と1。その数字と、意味不明な言語が流れては消えて。現れては流れるを繰り返し――それが、ようやく消える。


「……情報量が、多い?」

 アオイ様も困惑していた。


 ▶婚姻により、シングルコアプロセッサーからデュアルコアプロセッサーにエンジンが進化しました。慣れない間は情報酔いにご注意ください。


 整理する。

 考えないと行けないことはたくさんある。


 グローリー家ということは――王弟ジギタリス・グロリー・フォン・リリー。サザンカは、その血縁者だと【声】は知らしめる。


 軍務省大臣。通称、グロリー公。

 この国の軍を率いるのは彼だ。王族でありながら、現地の兵務から叩き上げてきた。貴族ならば、将校を狙い、階級を飛ばし軍籍に身を投じる者も多い。


 そのなか、グロリー公は、根っからの軍人として、兵士達から愛されている。

 そして、私が剣をもつことを一番始めに、拒絶したのも彼である。


(昔は人好きのする叔父さんだったんだけれどね……)


 今や厳つい顔で、睨まれるのも毎度の恒例行事。

 サザンカは、その血筋を継ぐ。もちろん、この情報が単なるフィクションである可能性も――そうまで思考を巡らして、いったん停止させた。


 アオイ様を疑いたくないことが一つ。それと、自分で調べもせず、鵜呑みにするのも違うように思う。


 裏の取ろうとしないニュースは、情報とは言わない。それはゴシップだ。社交界で、婦人達が交わす悪口となんら変わらない。


 それに、今はサザンカとラベンダーに頼るしかない。

 降嫁するというのに、伴う臣下はこの二人だけ。今は、この状況も武器にするしかない。


「それは、そうと。本当によろしかったのですか、アオイ様」

「へ?」


 サザンカの言葉に、アオイ様が、目をぱちくりさせた。


「魔法紙を使った、聖堂宣誓です。双方の合意が無ければ、たがえることは許されません。王族と婚姻を結ぶことは、それほどまでに重責が付きまといます。子どものママゴトのように、安易に結婚できるというモノではない。もちろん、貴方が【旅人】で、自然厄災・死霊王ノーライフキングを討伐した功績は理解しています。しかし、アイリス様の伴侶、これはまた別問題だ。その覚悟、貴殿にはお有りですか?」

「僕は……」


 ゴクリと、私は唾を飲み込む。

 そうだ、舞い上がっていた。


 アオイ様を守りたい一心で。


 王族の政略結婚ばかり、重きにおいて。肝心なことを失念していた。彼は【旅人】だ。言うなれば、在野の冒険者と何ら変わらない存在だ。


 王族は心を殺す。私達の出した【御触れ】は人の生き死に、影響するから。

 市井の人々は心で生きる。些細なことで喜び、縛られず、思ったように、怒り、涙して。そして恋をする。

 騎士として目の当たりにしてきた光景を私は、こうもあっさり忘れて――。




■■■





「皆さんには理解できないかもしれませんが、ずっと白百合の騎士、アイリス姫に憧れを抱いていました」


 はっきりと、述べるアオイ様の言葉に、私は目を疑う。

 騎士たるもの。そして王女たるもの、感情をそう簡単に揺り動かしていたら、ダメなのに。


「元の世界に帰ることが適わない今――いえ、違いますね。元の世界も、未練はありません。アイリス姫の近くに僕がいたい。そう思っています。多分、彼女の魔力過剰症を治療できるのは、聖魔法を除けば、僕だけでしょう?」


 にっこり笑う。

 それから、その小さな手で、私の手を引いて。


 真摯に想いを滾らせる、その双眸が私を見上げる。

 上目遣いで、そんなに真っ直ぐに見られたら――。


 あぁ、どうしよう。

 ドキドキが止まらない。


「……あ、あの。アオイ様、お聞きしてよろしいでしょうか?」

「はい」


 コクリと頷く。どうしよう、もう視界が霞んで。ちゃんと、アオイ様を見られない。


「アオイ様が、私に憧れって――」


 あぁ、ダメ。言語化しただけで。それだけで、頬に熱が灯る。熟れてしまいそうだった。


「それは、あの庭園でのことを仰っているのでしょうか?」


 なんとか絞り出して紡ぐ。でも、アオイ様は無情にも、首を横に振った。


「いいえ」


 全否定。自分のなかの、全てが凍りつくのを実感する。

 否定されていることには慣れている。


 そう思っていたのに。

 唇を噛む。

 アオイ様に否定されることが、こうも辛いだなんて――。


「この世界に来る前から、アイリス姫をお慕いしていました」


 私は顔を上げる。

 この両目は、霞みすぎて、アオイ様をちゃんと見られないのに。


 イジワルです。

 アオイ様、本当に貴方は意地悪です。


 それが社交辞令だと分かっています。


 いえ、歯が浮くような口説き文句を並べる貴族だって、そんなこと言いませんから。絶対、他の人にそんなこと言ったら、許してあげません。絶対、です。


「あ、あの。アイリス姫?」

「アイリスとお呼びください、。それ以外では返事をしませんので」

「アイリス姫……?」

「……」

「アイリス姫?」

「――つーん」

「いや、口で言わなくても……」


 それから、アオイ様は小さく息をつく。


「アイリス」


 耳朶に、アオイ様の声が響く。

 名前を呼ばれることが、こんなに嬉しいだなんて。つゆにも思わなかった。

 私は、旦那様の小さな手を引いて。



(……本当にズルい)



 もう、無意識に。 

 包み込むように、抱きしめていた。










■■■





「旅人の記録係として。【薔薇の聖女】ローズ・フォン・リリーが、魔法国家リエルラの求めにより、同行させていただきますわ――って、お姉様? それに勇者様も……まったく聞いてないですよね?」


「あわわわわ。ちょっと、それは大胆過ぎかと」


「白百合の花言葉は、純潔、無垢。堂々たる美ですが。姫様、ショタも花言葉に加えても良いかもですね」

「そんなことは報告しないよ? しないからね?!」



 悠長にしている時間はないというのに、外野のみんなは呑気で。

 でも、今は少しだけ。あと少しだけ。

 こうやって旦那様の温度を確認していたかった。









 ▶マスターの魔力回復と、精神的ダメージを確認しました。HP、MPには一切影響ないため、静観に努めます。なお数分、マスターからのメッセージは着信拒否。管理権は一時的に奥様に委譲しました




 青い鳥さんは、パタパタ宙で踊るのを尻目に。

 何か言いた気なを――なおさら強く、抱きしめた。



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