chapter4 (法契約)勇者様はお嫁さんと婚姻を結ぶ


 急遽、聖堂に呼ばれた内務省の高等文官は、入室と同時に最敬礼を――しようとして、固まった。


 私が一瞥するだけで、彼らはヒッと息を呑む。

 まぁ、それもそうか。


 使いは、第二王女ローズから。呼ばれた先には、ローズとともに、勇者様。そして怪物姫がいるんだから。


「か、怪物姫――」

 そう文官の一人が呟いた瞬間だった。


 青い小鳥が、アオイ様の肩に止まるのが見えた。




 ▶奥様への敵意を確認しました。

 ▶ライブラリーを参照に、コーディング開始

 ▶ライブラリーを参照に、スクリプト起動。モデル、ダンデライオン。

 ▶モデリング終了




 そんな声が聞こえたかと思えば、たんっと、アオイ様が駆ける。

 私の韋駄天でも終えるかどうか。ココにいる誰よりも瞬間速度が早いのは間違いなかった。

 その手が燐光を灯したかと思えば、タガーが握られ――文官に突きつける。


「ゆ、勇者様、何を――」

「王城では、帯剣は許可されていません。どこから、その武器を……」


 その問いに答えるのは、第二王女のため息だった。


「あなた達が、軽々しくお姉様を侮辱するからでしょう。お父様は、私達を蔑ろにするのは、この国の馬鹿げた風習――男性社会ですから、一万歩譲るとして。あなた方、文官に軽視させる謂れはありません。これ、魔法国家リエルラなら、罷免ですよ?」

「ローズ……」


 彼らを怒鳴りつけても、何の問題の解決にならないのだ。


「アオイ様も、落ち着いてください」

「でも……」


 その小さな体で、全力で怒ってくれたのが、本当に嬉しい。きっと今の行程が創造クラフトなんだろう。でも、今はその詳細を探求している時間はなかった。何より、彼が私のために憤慨してくれたことを愛しく思う時間も――。


「お姉様、勇者様を見る目……オペラで観た、恋する乙女そのものですわ」


 妹に指摘されて、こほん。咳払いをしてみせる。


 再度、口元に手を当てて、咳払い。

 見れば、アオイ様も顔が真っ赤で。

 アオイ様も私を意識してくださっているということなかしら。見れば、アオイ様もその黒曜石を思わせる瞳で、私を見つめて――吸い込まれそうで……。


「お・ね・え・さ・ま?」


 ローズに睨まれて、私ははっと我に返る。

 だって、仕方ないじゃない。

 アオイ様が可愛らし過ぎるのだ。


 私の腰よりも少し背が高いくらい。でも、その小さな体で、私のために行動してくれた。彼がもつ潜在魔力は決して、高くないのに。それなのに、惜しみなく、その力を行使しようとする。その姿は、小さな騎士そのもの。危う気だけど、むしろその判断能力は、あまりに早い。彼だからこそ、死霊王を討伐できたのだと知る――。


「お・ね・え・さ・ま?」


 TAKE2テークツー。時間が無い、そろそろ本腰を入れないと――。


「お父様より、勅命をいただきました。自治領ブロッサムを【旅人】アオイ・タチバナ様に下賜されます。それに伴って、男爵任命章、自治領領主監督証、アオイ様をリリー王国国民と認める新規謄本、私とアオイ様の申請書、私が嫁入りにあたる資金、自治領ブロッサムにまつわる資料一式、そろっていますね?」

「え――」


 文官二人は目を丸くする。


 揃っているいる訳がない。リリー王国は、アオイ様を支援するつもりがないのだ。だからこそ、末端に指示が行き届く前に、私達は行動に移すことにしたのだから。


「揃っていないのなら、急ぎなさい。これは王命です」

「はっ!」


 私の号令に、一目散に文官が駆けていったのだった。





■■■





 ぜぇぜぇ、息を切らせ戻ってきた文官より、資料が届く。思ったより早かった。でも、早すぎると思う。

 文章は問題ない。ただ、どうもイヤな予感がした。


「アオイ様、こちらの書面を調べてもらってよろしいでしょうか?」

「うん?」


 彼は言われるがままに、手をかざしてくれた。



 ▶検索します。

 ▶この書面に契約効果はありません。

 ▶一般的な羊皮紙が使用されています。



「――だって。アイリス姫。これは、どういうこと?」


 私もこのアナウンスは聞こえていたが、丁寧に説明してくれるアオイ様に好感が募るばかりで。彼は、この国のどの男性とも違い、意見を求めてくれる。これが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。


 検索は、この物質そのものを、調査する魔術なのだろう。一般的に、立法レベルの契約は魔法紙を使用することになっている。それだけ重責を伴うのだ。任命も爵位も罷免も婚姻も。


 だから――そうきたか、と思う。


 してやった、と。文官達は笑みを隠さない。


 まさか、契約そのものを最初から無効にする手段に打ててるとは。

 当然、彼らは上申する。内務大臣も確認しての手法。向こうが1枚も2枚も上手だった。ただし、今の私達はアオイ様の【検索】以外で、立証する術をもたない。

 差し戻したところで、内務省内で差し戻され、時間稼ぎをされるのが目に見えている。


「魔法契約って、最初に王様が言ってくれたアレだよね」

「ゆ、勇者様、未契約の書面をみだりに触れるのはマナー違反で――」


 そう文官達が言うが、遅かった。指先で円を描くように、描く。


「魔方陣?」


 ローズが目をパリクリさせる。

 魔力が見える、ローズにはそう視えるのだろうか。

 私には、意味不明の文字の羅列。数多の情報が、この一瞬で大量に注ぎ込まれるように思えた。



 ▶解析した過去のライブラリーから初回コーディングを開始します。

 ▶魔力量、規定以下。魔力切れの可能性があります。


 かちゃ。アオイ様がポケットから魔法薬を取り出すのが見えた。


 ――魔法薬は過剰摂取状態オーバードーズにより代謝できません。


 あの声を思い出して、慌てて、アオイ様の腕に抱きつく。


「へ?」


 ▶奥様より微量の魔力流入を確認。規定値にまだ足りません。


(むっ?)


 私は眉をひそめる。

 前は成功して、今回はダメ。その導き出す結論は一つしかない。


「あ、あ、、アイリス姫、ち、近い、近い――」

「今さらだと思うんです。先程のことをお忘れじゃないですよね?」


「あれは、魔法薬を一気に飲み過ぎただけで。普段は、もっと節制してプレイしてるから!」

「そっちじゃないです」


 私は、もっと距離を詰める。

 13歳、これから社交界をデビューすると言ってもおかしくない世代の子に、私はこんなにも真剣に愛を迫っている。


「私達、婚姻したんですよね?」

「そ、それは、あくまでシステムの話で。何がフラグだったのか、全然僕も分かってないけど――」

「旗ですか?」

「あ、わ、あ、ちょっと、【AIエーアイ】助けてっ!」


 ▶マスターが望んだ求婚です。初期設定で選択したお嫁様以外の設定は、現在のバージョンでは実行できません。ご了承ください。


「他の方を娶りたい、と?」


 私の目が細くなるのを実感する。散々、私の心を焦がしておいて、それはあんまりというもの。意外に嫉妬深い一面があるんだなと、実感した私だった。


「ち、ちが、違う。【アイリス・オンライン】で、僕にとってのヒロインは、アイリス姫ただ一人だからっ!」


 ▶難攻不落、白百合の騎士。アイリス・フォン・リリー。【アイリス・オンライン】のメインヒロインでありながら、フラグは未だ解明されず。マスターが初めて、彼女と婚姻を結んだユーザーであることは間違いありません。


 言っている意味が半分も分からないけれど。

 良いんだ。


 貴方が、アイリス・フォン・リリーではなく。

 第一王女ではなく。


 ただのアイリスとして、私を見てくれたことは変わらないから。


 だから。

 私は国の為じゃなくて――。


 あなたと一緒に歩きたいの。

 あなたが、その小さな体で無茶をすると言うのなら。


 私は、貴方の剣であり。

 盾になり。

 その智恵になる。


 私が、これまで学んできた全ての帝王学・政治・経済・地理・語学・風俗史を貴方に捧げる。

 だから――。


(勝手に旅立たないで)


 自然と口づけを交わす。

 はしたない私は、少しだけ目を開けて。

 貴方の真っ赤に染まる顔を盗み見しながら。



 魔力が流れて。

 甘美で。

 もっと、貴方を欲してしまう。

 欲深い私がいる。






■■■





 その後、数刻を得て。

 私達は、魔法紙の変換された、契約用紙一式にサインを綴った。


「第二王女、ローズ・フォン・リリー立ち会いのもと、この契約が履行されたことを証明します」


 そう高らかに宣言が下されて。

 聖女の彼女も、アオイ様も。そして、きっと私も顔が真っ赤なまま――でも、その手を離さすことなんかできなかった。


 アオイ様の指が、私の指に絡むのを感じて。


 文官達が真っ白になり、この宣言を見守るなか――。

 気持ちを切り替える。

 私達に残された時間は、きっと短い。

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