chapter2 お嫁さんは勇者様との一夜が忘れられない


 ――勇者パーティー帰還!


 この知らせが、王都に響き渡った。自然厄災、死霊王ノーライフキングを勇者パーティーが討ったのだ。

 誰もが、喜びに体を震わせ、乾杯の音頭を上げていたころ。



 王城の中核、謁見間。その手前、来賓用のゲストルームに、国王、宰相、内務大臣、王弟である軍務大臣、外務大臣、財務大臣、王国騎士団・団長、魔術師団・師団長が、物々しい表情で、父王の言葉を待っていた。


 私は、入室して早々、面食らう。


 これまで、帝王学を学んでも政治を学んでも、女には不要と切り捨てられてきた。各大臣を論破した私も悪いと思うが、大臣達も決して、大人とは言えない対応だ。この国は、伝統を重んじるあまり、考え方が古すぎる。


 小国を飲み込んできた、軍事国家ティエルス帝国。

 我が国をはさみ、帝国と睨みをきかせるアルトリッチ商業連盟。

 さらに龍の顎、龍の巣といわれる二つの湾をはさんむ、北上の魔法国家リエルラ。魔術文化先進国である。そのドコからも、遅れを取っている。


 アルトリッチとの同盟のため、私と許嫁は関係を結んだ。


 第二王女、ローズは聖女資格の適応を得た。魔法国家と、契りを結ぶ必要がある。重要なのは、婿として。王太子として、来てくれる生け贄だ。


 子を産まなければ、私には価値がない。そう父は言い切る。


 私とて、王女。

 その意味は理解している。感情的に、迎合できるかどうかは、別だけれど。

 どちらにせよ、この場で私の意見など、求められない。


「すでに、情報は提出してありますな。各々、陛下に奏上せよ」


 宰相の言葉に、閣僚達は頷く。彼らが握る羊皮紙。当たり前だけれど、私の手元にはない。ただ、目と耳で判断するしか無い。


「はっ。恐れながら申し上げます」


 そう口火を切ったのは、騎士団長だった。彼は私の上司にもあたる。


「最終確認を行いました。【旅人】が死霊王にノーライフキングに、トドメを刺したのは、間違いないようです」

「バカなっ」


 父が顔を歪ませる。これは、どういうことなのだろう?


「ヤツは最弱の【創造クラフター】なのだろう? なぜダンデライオンが、トドメを刺せなかった!」

「自然厄災なのです。そう、思うようにはいきますまい。【旅人】が錬成した聖剣は、確かに死霊王に、効果があった模様です」


「そうであろう。G.a.t.y-@ジーエーティーワイエー国家間トレードで、あえて選んだハズレだ。腐っても【旅人】だろう。そうでなくては、困る。聖剣の継続使用は可能だったのか?」


「はっ。一度、生成すれば、通常の武具と同様でした。無論、威力は桁違いです。この度、騎士団用に生成した魔法剣も申し分ない成果を発揮しました。我が国の、戦力を底上げすることは間違いないと思われます」


「では何故、死霊王ノーライフキングに止めをダンデライオンは刺せなかった?」


「……資料の『解析が間に合わな……進化スピードが速い。デバフが早すぎるって!』という口述が気になりますな」


 そう言ったのは、魔術師団・師団長だった。


「過去の自然厄災発生時も、力で押す旅人。戦略を巡らす旅人もいたとか。想像するのに、こちらの火力に合わせて、死霊王ノーライフキングも形態を変えたようだと、部下から報告がございましたが、どうやら合致いたしますな。当初、効果のあった火炎魔術も効かず。通用したのは、聖魔術のみ、と」

「なんと、厄介な」


 父王が唇を噛みしめる。でも、私には父の物言いが、アオイ様に対して言い放っているようにも聞こえ、不快感ばかり募っていく。


「これでは――ローズを、あのいけないではないかっ」


 あまりの言いように、私は思わず席を立って――唾を飲み込んだ。

 彼らの視線が突き刺さる。


 ――意見は求めていない。着席せよ。

 そう一様に、無言で殴りつけてきた。そんな錯覚を憶えた。


「第一王女としての品性が疑われますぞ。行動にはご留意を」


 そう言ったのは、財務大臣。


「剣を嗜んだ悪影響ですかな。だからあれほど……」

「そう仰るが、アイリス姫が我が騎士団の筆頭であることは間違いない」


「騎士団長、そんな弱気なことでは困るぞ」

「自然厄災が間違って、人間に生まれてきたようなもの。何事にもイレギュラーがありましょう」

「違いない」


 外務大臣が言うと、父王を含めて、ここに介した者がさも可笑しそうに笑う。

 私は、この喜劇をただ唇を噛みしめて、聞くことしかできない。


 パンパン。

 手を打ったのは宰相だった。


死霊王ノーライフキングを討ったのは【旅人】である。これは間違いありません。魔法国家より派遣され、パーティーを組んだ【知恵】のワイズマンが記録済みだ。聖堂の石版にも、この記録は刻まれることは皆々様、ご承知のことかと。この記録は消せません。そして、陛下が【旅人】と交わした約束も、石版に記録されている」


 魔導師団・師団長が魔術で宙に文字を描く。と、壁に文字が投影された。私は目を大きく見開いた。


 ――死霊王を討伐した暁には、娘を勇者殿にやろう。 ロータス・フォン・リリー


 王の署名がある。

 私は目の前が真っ暗になった気がした。


 私もローズも王族だ。

 結婚が、政略の手段であることは理解している。


 私が、アルトリッチ商業連盟とのパイプを。ひいては、リリー王国の世継ぎを産む。それが使命と言わんばかりに、周囲からは同じ言葉を言われ続けてきた。


 一方のローズは、聖女として認定を受け、魔法国家リエルラからも厚い信頼を置かれている。現状、見定めた相手はいないが、賢者か枢機卿か。この自然災厄討伐が終われば、その選定に入る予定だった。


 私には許嫁がいる以上、ローズが勇者様のお相手ということになる。

 聖堂誓約は、魔術を交わす者には必定の契約だった。


 ――ずきんっ。

 胸が痛んだ。

 おかしな話だ。

 勇者様のお相手が誰であろうと、私には無縁。何を夢見ているというのだろう。


 ネックレスに手を触れる。気付かれないように、ドレスの上から触れて。


 ――アイリス姫が、素敵だからですよ。


 飲み込んで、消えて。あれは一夜の夢だった。だからもう、現れないで。期待させないで。夢なんか見させないで――。


 爪をたてて。痛覚で思考を遮断する。こんな弱々しい私は、別れを告げて。

 王女、アイリス。

 騎士、アイリスとして立ち続けるってもう決めたんだから。


「陛下、ご決断を」


 宰相が促し、父王は頷いた。

 そして、高らかに宣言をする。








■■■









「アイリスとダンデライオンの婚約を一時的に解除。勇者殿との顔合わせの席を設ける。第一王女アイリスは【旅人】アオイ・タチバナを可能な限り我が国に引き留め、【旅人】の資産をもたらせ。これは王命である!」



 

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