勇者様のお嫁さん

尾岡れき@猫部

chapter1 お嫁さんは勇者さまに出会う


 遠くで聞こえる、楽団の演奏。

 このメロディーに合わせて、みんなは思うがままに、きっとダンスを踊っていんだろうなぁと思うと、微笑ましい反面、憂鬱にもなる。


アンデュトロワ……」


 誰もいない薔薇園のベンチに腰をかけて。思い出しながら、座ったままステップを踏んで、私は自嘲気味に笑んだ。


 センスのない私は練習で、踏んでしまうことも、しばしばで。


 今や怪物姫ワタシをエスコートしてくれる相手はいない。今頃婚約者殿は、妹とダンスに興じているに違いなかった。


 怪物姫――アイリス・フォン・リリー。それが、私の名前だった。


 リリー王国の王位継承権、第二位。

 この国の王位継承は、男子。残念ながら、王の直系は、女児しかいない。継承権第一位は、王弟たるグロリー公が、順当に行けば継承する。ただ、今のところ父王は毒でも漏られなければ、崩御することはないだろう。

 私は、自分の掌を広げる。


光明ライト


 初級魔術だ。

 本来なら、淡い光の球が夜道を照らすはずだが、私の手には何も生まれない。私は魔術が使えない。原因は不明だ。その割に、潜在的な魔力が過剰。魔力を外に出す術がない私は、定期的に魔力酔いする状況になる。


 一度、魔力が暴走し、理性を失って。第一騎士団を壊滅させたかけたことがあった。


 この魔力をコントロールしたい。そのために、剣を手にしたのがの始まりだったのに。


 結果、魔法国家リエルラから、聖女を派遣してもらうことになった。聖魔法で、過剰魔力を排出するのだ。


 今は、聖女資格を得た第二王女、ローズ・フォン・リリーが、その役を担っていた。


(複雑だろうなぁ、ローズは)


 小さく息をつく。

 婚約者と、ローズが何度も二人で歩っているところを幾度となく見た。別にそのことは何とも思わない。彼自身、政略結婚の犠牲者でしかないからだ。


 父王の思惑は分からないでもない。アルトリッチ商業連盟の後ろ盾が欲しかったのだと思う。とはいえ、アルトリッチのなかでもトップ企業【アンダンテ】の子息――その三男を婚約者に……をそれは、いささか露骨過ぎる気がした。


 ――商業連盟を繋ぎ止めよ。そして、世継ぎを。男子を産め。

 それだけが私に期待されたことだった。


 結婚してからがセカンドライフ。

 そんなことを誰かが言う。


 私にセカンドライフなんかあるわけ無い。そもそもセカンドライフって何だろう?

 王女として生まれたからには、王女だ。


 それ以上もそれ以下もない。

 私は王女として振る舞うしかない。


 強い騎士であることも。

 政治経済学も学ぶことも。


 帝王学も。

 統計学も。

 歴史すら。


 婚約者にすら。

 ――望まれていない。


 望まれていないことなら、理解している。

 そう望まれているのなら。望まれた通りに、生きることを考えようと思って、そうぐっとドレスを掴んだ。その瞬間だった。


 かさ、っと。

 葉が揺れた。


 息を呑む音。

 私は思わず、剣を手にしようとして――ドレスだから、帯剣していないことを今さらながら思い出した。


「あ、あの! 怪しいモノじゃないから!」


 慌てて、飛び出てきた少年に目を丸くする。

 彼は自然災厄の対処を目的に招待された、異世界人だった。










 ――自然災厄。


 為す術もないほどの怪物が、時に自然発生する。

 かつては、蹂躙されるがままだった。


 災厄が去るまで、息を潜めるか。もしくは逃げ出すかしかなかった。だが、人類もこの状況に手をこまねいているわけではなかった。


 魔法国家リエルラとアルトリッチ商業連盟が共同開発した、Graphicalグラフィカル/Automationオートメーション/Travelingトラベリング/Yardヤード/Accountアカウントシステム。凡才な私には、何を言っているのか全然分からなかったけれど。


 召喚システム。あるいは、G.a.t.y-@ジーエーティーワイエーと単純に呼んでいた。


 彼らは呼ばれたら、当たり前のように自然厄災を討伐する。特に見返りも求めずに。そして、いつの間にか忽然と旅立ってしまうのだ。故に、彼らは【旅人】と呼ばれていた。



 今日の主賓が、宮廷外れにある薔薇庭園にいるのだ。私は慌てて、カテーシーをして歓迎の意を示す。


「あれ? 検索したら、魔力反応がなかったのになぁ」


 首を捻っている。彼が言っているのは、【探査】の魔術のことなんだろうか。健康体は、体外に常に魔力を発する。でも、私は魔力を体外に排出することができないのだ。多分、彼はそのせいで【探査】は検知できなかったのではないかと思う。


 と、彼の視点は何やらそらを見ていた。


「……え? そうなの? それって大変なんじゃ――」


 目に見えない何かと、会話をしている。私は目をパチクリさせるしかない。

 異世界人――【旅人】は精霊とも交信できるらしい。まだ、成人を迎えていないだろう――年下の少年は私を見やりながら、真剣な表情で思い悩んでいた。


「……そういうこと……聖魔法ってそういう特性も……でも、定期的にって言っても、かなり苦しいんじゃ……え?」


 少年は宙をやはり凝視して。それから何故か、頬を朱色に染める。


「手を握るだけって、こんな奇麗な人を。待って……【検索サーチ】……王族――アイリス姫でしょ? これ隠しシナリオ? こんなのことある?」


 彼の呟きは続く。旅人特有の黒髪を、風が揺らす。【旅人】は時に、理解が難しい言語を呟くという。それはこういうことなのだろうか。


「デベロッパーツールから、ダウンローダーを? そういう使い方があるの……分かった、分かったって!」


 意を決したかのように、彼は膝を突く。


「あ、あの……一曲、踊っていただけませんか」

「へ?」


 私は、目を丸くする。でも、私は怪物姫だ。魔力過剰で暴走する。表現方法は、剣でしかしてこなかった。そんな私がダンスなんて、そう思考を巡らし躊躇っていると、お構いなしに少年が引き寄せてくる。それから、呟いた。


「オートスクリプト、再生」


 すっと、体に何かが流れ込んで。体が軽くなっていく。


「コーディング開始……もう、これで魔力が空だよ」


 彼がボヤいた。

 気付けば、箱にラッパがくくりつけような物体――それが当たり前のように、ベンチに置かれていて。


「え?」


 ラッパから、楽団の演奏が流れてきて、目を丸くする。

 彼に手を引かれて、ダンスがスタートした。


 月夜の光に照らされて。

 とくん、とくん。

 心臓の鼓動が跳ねる。


「ダウンロード開始」


 そう彼が呟くのが聞こえた。その瞬間、私の体の魔力がすっと抜けていくのを感じる。


 ローズの聖魔法だって、こんなに循環は良くならない。

 夢中で踊った。


 こんなに、体が軽いのは、いったいいつぶりだろう?

 この時間が終わらないで。


 そう願ってしまう。


 私には、婚約者がいるのに。

 不義理な感情は抱いちゃいけないのに。

 それなのに、高鳴る鼓動が止まらない。





■■■




 無情にも、音楽が終わってしまった。


「うん、急拵えのコーディングとスクリプトだったけれど、何とか上手くいったかな。えっと、こうするんだっけ?」


 彼は一礼してみせる。

 その天真爛漫な笑顔が、私の胸に灼きつく。そんな感覚を憶え――その気持ちをなんとか、飲み干した。


「これは、お礼です」


 彼はニッコリ笑って。

 妖精が待ったかのような。銀の砂が舞って。掌にシルバーネックレスがあった。三日月と小鳥があしらってあった。


「いや、あの……勇者様……お礼はむしろ私の方が……」

あおいです、アイリス姫」

「葵様――」

「様付けで呼ばれるなんて、ちょっとくすぐったいですね」


 ニコニコ笑いながら、私にネックレスをかけてくれる。身長差があるから、背伸びをしてくれたアオイ様が、可愛いと思ってしまう私は――なんて不謹慎なんだろう。


「いただいた魔力でコーディングしてみました。悪くはないと思うのですが、いかがでしょうか?」

「あ、あの! 素敵です!」


 きゅっと、ネックレスに触れる。


 婚約者がいる身で、異性からプレゼントをもらうなんて――そう思うのに、このネックレスがあるだけで、閉じ込められた魔力が、少しだけ外に解放されるような。体が楽になる、そんな感覚を憶えた。


 そういえば、と思った。婚約者からも、プレゼントを贈られたことなんて、これまでなかった気がする。


「アイリス姫が、素敵だからですよ」


 そう言い残して、アオイ様は踵を返すして、駆けていった。

 その残した言葉だけが、いつまでたっても消えてくれない。











 とくんとくん。

 アオイ様が離れてなお、鼓動がおさまらない。


 こんなに、ドキドキしている。なんて、不貞なんだろう。

 ネックレスに触れて。


 何度も、深呼吸をする。

 それなのに――。

 まるで落ち着かない。


(これは夢、一夜の夢……)


 ベンチに腰をかけて。

 ラッパに触れると、また音楽が流れた。


 目を閉じて、耳を澄まして。

 聞いたこともない、異国の音楽。ただひたすら、私は聞き入っていた。






■■■






 この翌朝、創造クラフトの勇者アオイ様が、私の妹と婚約者を。

 そして、王国騎士団の精鋭を引き連れて、自然厄災――死霊王ノーライフキングに立ち向かうため、すでに旅立ったことを知ったのだった。









 ――そして三ヶ月、経った。

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