「第七話」大バズり

「はぁ、はぁ」


まだ心臓が五月蝿い。自分が今生きていることを信じられず、それでもやっぱり生きていることに感謝をしながら……ただ、来た道を戻っていた。──腕の中には、荒い息をしているナオトラさんがいた。


一刻も早く病院に連れていかなければ、命が危ない。ミノタウロスとの戦いで疲弊しているだろうし、何よりさっきから血が止まらない! どうしよう、このままじゃ死んでしまう。何か、何か手を打たなければ。


『我が君、お困りかな?』

「っ……サタン!」


揺らめく自分の影からぬるりと出てきたのは、禍々しくも神々しい気配を纏った大男。片翼の天使を彷彿とさせる……自称大悪魔の、サタンだ。


『私の力ならその女性の傷を癒すことができる。差し支え無ければ、どうだろうか?』

「……」

『おっと、確かに私は悪魔で願いを叶えるには対価を受け取る生き物だ……だが、貴女から搾取することは一切しない。貴女が願うのであれば、無償でこの世界全てを平伏させることもしてご覧に入れましょう』

「す、スケールが違う……とにかく、治せるなら治して」

『承知。では、その方を床に』


ボクは頷いて、ナオトラさんをそっと床に寝かしつけた。サタンは拳を握り……それをナオトラさんの額の上に置いた。怪しい黒い光が彼女の体に染み込んでいき……やがてそれは、泡のように消えていった。──そして。


「……ううっ、ここは……?」


あんなにもボロボロだったナオトラさんの傷は完全に癒えており、更に意識まで戻っている。サタンは満足そうにボクに深いお辞儀をして、さっさと影に帰っていった。


「あなたは……っ!? ミノタウロスは!?」

「あ、あんまり動かないでください! 大丈夫です、ミノタウロスはボクが……えっと、間接的に倒しました!」


ナオトラは起き上がるや否や、腰の刀に手を掛けていた。しかしボクの言葉を聞き、困惑の表情を浮かべていた。そりゃそうだ、こんなただの女の子。しかも丸腰が、あんな化け物を倒すだなんて想像できるわけがない。


「……本当に、かたじけない」

「ナオトラさん!? そんな、頭を上げてください!」


やばいやばい、この人見た目通りにジャパニーズ土下座を繰り出してきた。ボクは思わずナオトラさんの肩を掴んで起こそうとする……ってか全然動かない、何だこの人。まるで大岩を持っているかのような、不動って感じがする。


「貴殿の名は!?」

「ひゃっ!? あ、雨宮蒼井ですっ!」

「何か、拙者にできることはござらぬか!? 少なくとも拙者は、今日より貴女の下僕……願わくば共に背中を預け合う間柄になりたい所存でござる!」

「えっ、えっ? ちょっと待ってください理解が追いつかない……ええ?」


整理しよう、この人が言ったことを。

下僕。

背中を預け合う間柄。

……えっと。


「そ、それはもしかして……一緒に配信がしたい、ってこと?」

「控えめに言えばそうでござるな」

「い、いやっ、おかしいでしょそれ!?」

「? 何がでござるか?」


きょとんとした表情をしてくるナオトラさん。駄目だこの人、本気で自分が何を言っているのか分かっていない。


「いやだって……ボクは今日配信始めたばっかりだし、ナオトラさんは超有名なダンジョン配信者だし……釣り合わないよ」

「何を仰りますか、ではなぜ貴殿の『すまぁとふぉん』の通知が鳴り止まぬのですか?」

「へ?」


言われてみて、そういえば配信切ってなかったな〜と、我ながら間抜けに気づく。いかんいかん、こんな配信になったんだからきちんと謝らなければ……ってあれ? なんか視聴者数が……え?


──ナオトラさんを助けてくれてありがとう!

──「ふんぐるいさんが投げ銭しました《100000円》」感謝!

──初配信ってマジ?

──サタン様かっこよすぎだろ!

──初手でこれは神が来たやろ

──ミノタウロスパイセン乙


「いち、じゅう、ひゃく、せん……ごまん!?」

「まだまだ増えているでござるな! この勢いなら十万人も夢ではないでしょう!」

「いやいやいやおかしいって! えっ、チャンネル登録者数……ひゃっ、ひゃっくまんにぃん!?!?!」

「ついでに『あおどり』の『とれんど』にも載っているでござるな! 十万件以上の『ぽすてぃんぐ』、とのことでござる」


ああ、なんだか現実味が水に溶けるわたあめみたいになってきた。何度スマホの画面を見ても数字はガシャガシャ上がっていくし、コメント欄はとんでもないことになっている。


「拙者も、ダンジョン配信者としてはまだまだ未熟」


困惑するボクの手を掴み、ナオトラさんは言う。


「どうか、雨宮殿のお側で……拙者に剣を振るわせていただきたいのです!」


押しに押され、コメントと投げ銭の嵐に頭をやられ、最早思考することが出来ないボクは……押されるがままに。


「よ、よろしくお願いします!」


その手を、掴み返してしまった。


こうして、雨宮蒼井の初配信は幕を閉じた。

初配信にして服部ナオトラを助け、謎の大悪魔サタンとの契約によりミノタウロスを倒し……その結果一日中SNS「青鳥」のトレンドを独占。その余波はなんと三日間も続いた。


チャンネル登録者数167万人、最大視聴者数39万6789人。

流星の如く現れた新人ダンジョン配信者「アオイ」は、一夜にして多くの人々の注目を集め、虜にしたのであった……!

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