「第六話」リスナー(大悪魔)との契約
服部ナオトラ。
それは、ダンジョン配信者を志す者ならば、誰もがその実力を認めざるを得ない強者。
魔法を使える配信者が上位を独占する中、流星の如く現れたスーパールーキー。魔法を使えない凡人でありながら、刀一本で数多のモンスターを斬り伏せ、幾つものダンジョンを制覇してきた超人。
──そんな人間離れした彼女が、ボクの目の前で片膝をついている。
血の滲んだ衣服、荒い呼吸、構えることすら出来ないほどの疲弊……自らを殺さんとする敵を目の前にして、彼女は感じたことのない「恐怖」を感じている様子だった。動画で見た時よりも弱々しく、ただの女の子のような儚さだ。
「ガァアアアアアアアアアアア!!!!」
それをここまで追い詰めたのは、巨大な牛の頭のモンスター。──ミノタウロス。スフィンクスやグリフォンとは比べ物にならないほどに凶暴で、手強いモンスターであり、未だに誰も討伐したことがないと言われる「無敵の怪物」……正真正銘のバケモノだ。
震えながら寧ろ、ボクはナオトラの強さに衝撃を受けた。あのミノタウロス相手にたった一人でここまで持ちこたえ、現在進行系で生きている。──だが、それも限界だ。
「ガァアアアアア!!!!」
振り下ろされる剛腕、避ける素振りもそんな事をする気力すら無い。彼女はただ涙を流しながら、訪れる死を眺めているだけだった。
──ナオトラが!
──やばい!
──Ω\ζ°)チーン
無論、そうならないために。そんな事をさせないためにボクは来た!
「うぉぉああああああああああああ!!!!」
走り出し、滑り込む。へたり込んだナオトラの服を掴み、そのままの勢いでミノタウロスの拳からギリギリ逃れる。しかし拳の威力は凄まじく、風圧だけでボクとナオトラは吹き飛ばされてしまった。
──うぉおお助けたぁアアアアア!
──神展開!
──8888888
加速するコメント欄。しかし、ボクは二度目の絶体絶命に直面していた。
あまりにも高い、高い場所からボクは落下していた。ミノタウロスの風圧でいくらか飛ぶとは思っていたが、まさかこんなことになるとは予想外だった。──迫る地面。死ぬ……走馬灯が見えかけたところで。
「……ッ、『烈風』!」
ナオトラの雄叫びとともに、握っていた刀が縦横無尽に振るわれる。ボクとナオトラさんを包んだのは風だった、斬撃により生じる風……それが、着地の衝撃を和らげたのだ。
「っ……な、ナオトラさん!」
「……」
──し、死んだ?
──おい馬鹿やめろ
──日本\(^o^)/オワタ
「……生きてる、気絶してるだけ」
ほっと一息……というわけにはいかなかった。
振り返るとそこには、息を荒げてこちらを睨んでいるミノタウロスがいた。
「……ぁ」
死ぬ、今度こそ死ぬ。
ナオトラさんは気絶した。持っているのはサバイバルナイフだけ。周りには誰もいない、勝てるわけがない。負けたら死ぬ、死んだら……お父さんを探せなくなる。
でも、どうしようもないじゃないか。
「ガァアアアアアアアアアアアア!!!」
振るわれる剛腕、逃げることすら考えられない。考えようとも、思わない。
加速し続けるコメント欄に、ふと……目を落とす。
──助けて欲しいか?
──助けて欲しいか?
──助けて欲しいか?
そこには、何度も同じリスナーから、同じコメントが連投されていた。
助けて欲しいか。
ああ、よくある話だ。死にかけている配信者にこうやってコメントを送って、必死に助けを求めるその様を悪趣味に眺める……そういう輩が。
だから、このコメントはただの悪意。──それでも。
「たすけて……!」
頭を抱え、蹲り、ただそう呟いた。
誰にも届かない、聞き届ける人もいない……誰もいないダンジョンの奥地にて、その声は虚しく消えた。
「承知した、我が君」
そう、聞き届ける人間はいなかった。
そこにいるのは黒く、どこまでも黒ずんだ片翼を携えた……片翼の天使だった。
「散れ」
それは、ただの言霊。
しかし天使がそう呟いた瞬間、向かってきていた剛腕は爆ぜた。いいや破壊は腕に留まらない……爆竹を仕込んだカエルのごとく、ミノタウロスの身体はバラバラに吹き飛んだ。
──え?
──マジ?
──何があった
地獄絵図。ミノタウロスの肉片や血液が雨として降り注ぐ中、それでも片翼の天使は怪しく……ボクの方を見ていた。
「……あなたは」
「自己紹介が遅れたな」
動揺するボクのことなど気にもせず、その天使は片膝をつき……ボクの手の甲にキスをしてきた。
「我が名はサタン。ここに、貴女への服従を示す」
血の雨の中、鳴り響くコメントの中……僕の手の甲には黒い紋章が浮き出た。
こうして、ボクは契約した。片翼の天使……いいや、リスナーに化けた大悪魔サタンと。
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